オーナーのつぶやき〔2018〕[2018/01/06(Sat)15:35]

※明けましておめでとうございます
※長崎の被爆写真 法王が配布指示
※幻想的な景色 幸せ運んだ虹
※豊川稲荷
※独居、高齢化問題
※赤銅色 うっとり
※梅原さんの連載励みに
※内海deスキー!
※サンデージャーナル〔テレビ愛知〕
※中日劇場と歩んだ理容店
※中日劇場万感の52年 完
※ビルの華 もてなしの50年
※金シャチ横丁満開
※「安いうまい」半世紀で幕・らーめん亭 〔さよなら中日ビル〕
※劇場彩った歴代スター 〔さよなら中日ビル〕
※野球×福祉 二刀流
※名古屋っ子も耳慣れんがや
※理容店余禄〔エンタメモ〕
※中日劇場のピアノ再出発 〔さよなら中日ビル〕
※歴史振り返る71枚 〔さよなら中日ビル〕
※ノーベル賞碑6基に
※100年使えるレシピ
※引退後の日々保護犬と一緒 〔元中日・門倉さん〕
※第59回中日クラウンズ
※理容ハル創業52年
※コンクリ天守登り納め
※春の叙勲
※誇りの天守 またね
※中日くらしの友の会が総会
※名古屋城 本丸御殿が完成
※AKB48 世界選抜総選挙
※北斎展
※モネ それからの100年
※土俵の安全祈願
※写真で振り返るあの頃 〔さよなら中日ビル〕
※御園座
※栄・テレビ塔 1月からお休み
※御嶽海 次は大関とり
※台風12号
※「占い王国」千種に新店舗
※携帯電話の歴史 「通風筒」
※名古屋灼熱 40.3度
※電話 不通
※父の悲しみ伝えてね 愛知の被爆2世慰霊碑に誓う
※超ロングセラー『ぼくらの七日間戦争』
※中日ビル 渋いいね
※名古屋の中2 銃を持つ姿を詠む
※熱い団結 重ねた20回
※年齢生かした表現に挑む
※さくらももこさん死去
※マイウエイ〔宮池克人〕
※台風21号
※名古屋をどり
※水増し許されない
※中日劇場緞帳 愛大で第二幕
※台風24号
※各道県事務所、近隣へ集団移転〔中日ビル〕
※栄中日文化センター・開所式
※信頼培い講座づくり
※三英傑の出陣だがね・名古屋まつり
※自動ブレーキ車や検査自動化〔ケイティケイ〕
※秋の叙勲
※立浪さん講演・歯の健診呼びかけ〔中日くらし友の会〕
※中日ビル屋上大団円・やっとかめ文化祭
※病気を「否認」しないで
※思い出は色あせない〔さよなら中日ビル〕

明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。
中日ビルでの営業は2019年1月末日までです。残りあと1年と1ヶ月となりました。
まだ、移転先は決まっていません。これから探すところでございます。
 本年も宜しくお願いいたします。

長崎の被爆写真 法王が配布指示

【ローマ=共同】ローマ法王フランシスコは、原爆投下後の長崎で撮影された「焼き場に立つ少年」の写真をカードに印刷し、「戦争が生み出したもの」との言葉を付けて広めるよう指示した。ローマ法王庁(バチカン)が一日までに発表した。法王はこれまでも核兵器廃絶を呼び掛けており、改めて平和を訴えた。
 カードの裏面で、亡くなった弟を背負った少年が火葬場で順番を待っているところだと説明。法王の署名とともに「かみしめて血のにじんだ唇により悲しみが表現されている」と記載されている。
 写真は1945年に長崎で投下された後、米軍の従軍カメラマン、故ジョー・オネダルさんが撮影した。
    〔2018/1/3付中日新聞より〕

※弟をおんぶ紐で背負った少年は、目を見開いて直立不動の姿勢、坊主頭で足はハダシ。背筋をぴんと伸ばした姿勢は当時の教育のあかしでしょうか?
※宗教を越えて、民族を越えて核兵器廃絶そして平和が訪れる事を望みます。

幻想的な景色 幸せ運んだ虹

 名古屋・栄の銀行へ両替に出掛けたときのことです。店舗を出た瞬間、大きな虹が目に飛び込んできました。
 低く垂れ込めた暗雲をバックに、くっきりとした曲線を描いていました。根元をたどると、イチョウの紅葉にたどり着き、幻想的な景色に目を奪われました。
 慌ててスマートフォンを取り出して写真に収めました。やがて薄くなり、5分ほどで消えました。激しい寒さが続く中、つかの間の幸せをかみしめました。(名古屋北・理容業・男)   
   〔1/4付中日新聞夕刊・ハイ編集局です〕
※昨年の12月11日の午後3時に目にした“虹”があまりにもキレイだったので、翌日、中日新聞の夕刊「ハイ編集局です」に電話をいれました。「採り上げてくれるかな?」と心待ちにしていましたが、年が替わってしまい諦めていました。それが4日に掲載されて、、、大きな虹のカラーのイラスト付きでした。諦めていたのでナンカ妙に嬉しくて、、、
 注)文章は私が書いたものではありません。何人かの友人に連絡しましたが皆、文章も私が書いたと誤解されましたので。

豊川稲荷

 今年も豊川稲荷に“商売繁盛”を祈念して来ました。
 アイコ殿は第一・第三の木曜日は10時からパソコン教室です。教室が終わってから参拝に出掛けました。
 昨年は冷たい風がビュンビュン吹いていて、スゴク寒かった。今年も覚悟していましたが、名鉄豊川稲荷駅を降りて豊川さんに向かうと以外に寒くはない。
 昨年は2月に入ってからの参拝だったので、臨時の古札の納所が無くてウロウロしましたが、今年はいつもの所に有りました。古札を納めて参拝しました。御真言を唱えて。“大札”と“大吉祥”を買いました。
 例年のようにお土産に“巻きせんべい”を買い「ふじや」で干支の置物を買って、三明寺(豊川弁財天)にも足を伸ばしました。    
              〔1/18〕

独居、高齢化問題 解決目指し集い

 人権問題に取り組む愛知県地域人権連合(名古屋市中村区)と、独居生活者の支援などに取り組むNPO法人おひとりさま(中村区)の「新春の集い」が19日、名古屋市中区のホテルであった。 
 同連合代表の丹波正史さん(70)は「地域の人権問題の1つとして、独居の高齢者や、高齢の夫婦世帯が増え、貧困化も進んでいる。解決するために努力したい」と強調。介護離職者を減らすため、社会保険労務士などと連携して相談窓口を開く考えも示した。
 団体の関係者など約60人が参加。県や市の幹部や共産党市議があいさつした後、乾杯して歓談した。
  〔1/20付中日新聞・愛知総合ページより〕

※丹波さんの髪がドンドンと白くなっています。パーマをあてるとサイドがボリュームが出すぎて...いろいろ試していますが仕上がりに私自身、納得出来なくて...次回こそはの思い。

赤銅色 うっとり

 満月が地球の影にすっぽり入る「皆既月食」が31日夜、各地で観測された。名古屋市内でも午後9時50分ごろから、赤黒い「赤銅色・しゃくどういろ」の月が、冬の夜空に輝いた。
 名古屋臨海高速鉄道あおなみ線は同日、金城ふ頭駅(名古屋市港区)のホーム先端から天体望遠鏡で観測する「天体観望会」を開催。約100人の見物客が集まった。
 月が地球の影に完全に覆われて輝くと、集まった人たちは望遠鏡をのぞいたり写真を撮ったりしながら、幻想的な天体ショーを楽しんでいた。
 皆既月食は太陽、地球、月が一直線に並んで起きる。地球の大気で屈折、散乱した太陽光が月面を照らし月が赤銅色に見える。
 米航空宇宙局(NASA)は今回の皆既月食を、今年最大級の大きさに見える「スーパームーン」と一月のうちの2回目の満月「ブルームーン」、血のような赤色に染まる「ブラッドムーン」を合わせて「スーパー・ブルー・ブラッド・ムーン」と呼んでいる。
   〔2/1付中日新聞より〕

※前日の天気予報では、名古屋地方は曇りで月食を見るのは難しいかもと。仕事を終えて地下街からオアシス21(バスターミナル)に向かうエスカレータ(南向き)で夜空を仰ぎ見ると正面に半分欠けた月が見えました。帰宅のバスを降りて月を見ると赤銅色になっていました。報道ステーションでは各地の様子をLIVEで伝えていました。そして番組の後半で11時以降に違った月が見られるととの情報です。急いで空を見上げると、そこにはいつの間にかぶ厚い雲が...

梅原さんの連載励みに

 哲学者梅原猛さんによる本紙夕刊連載「思うままに」が昨年末で終わりました。専門分野である哲学をはじめ政治、文芸、野球、相撲などさまざまな話題を取り上げ、素人の私にも理解できるように書かれた親しみやすい随筆でした。
 四半世紀にわたるこの連載では、梅原さんが育った愛知県南知多町の内海地区が登場することもありました。私も内海の出身なので梅原さんをとても身近に感じています。
 私は日頃老い先への不安がありましたが、この連載を読んで人間誰もが「苦」を味わうことを知って気持ちが楽になりました。90歳を過ぎても活躍している梅原さんには、これからも私たちにメッセージを発信し続けてほしいと思っています。
    中村 節男 理容業  (名古屋市北区)  71歳      〔2/6付中日新聞・発言より〕

※中日新聞の夕刊に連載されていた「思うままに」が昨年末で終了しました。残念に思っていました。内海にかかわっている方などどなたか投稿するのではないかと様子をみていました。が、どうもそのような気配がないので、投稿しました。採用されたのはラッキーです。
 昨年の前半まではテーマ特集に投稿していました。秋になって、自分自身が気が付いた事を投稿してみました。「ながらスマホ禁止して」と「減災の浸透」です。

内海deスキー!

 CBCテレビの夕方のニュースワイド番組に「イッポー」があります。翌日のテレビ番組表を見ていたら、「内海・スキー」の文字が目に入りました。録画をセットしました。
 2月9日(金)帰宅してビデオを見ました。温暖で海水浴で有名な知多半島の南部の内海でスキー?一冬に雪が舞うことは2、3度あるかどうかです。 昨秋、国の重要文化財に指定された内田佐七邸に取材陣が入りました。そこには内海のスキーの情報が一杯でした。
 内海のスキーとはサンドスキーの事なのです。内海海岸の砂は世界でも指折りの細かさです。4代目内田佐七さんが戦争の激しくなる前の10年ほどの期間、海岸近くの砂浜を利用して始めたものです。日本髪姿で滑る女性や半ズボン姿の子どもが滑っている映像が残っていてとても驚きました。
 今は、砂を産業に使った?こともあって、ゲレンデとして使われた所にはほとんど砂が無くなっています。

※私は小学生の頃、トタン板をソリ代わりにして滑って遊んだことがあります。また、今は亡き幼馴染の日比伸夫クンの家(現ペンション又左ェ門)の蔵からサンドホッケーの道具を見つけて砂のグランドで遊んだことも思い出しました。
※高二の担任の坂(バン)先生は、高校のグランドの奥の斜面の一部が砂がむき出しになっている所を、雪のスキー板を履いて滑り降りてきた事があります。坂先生は広島大学出身。山岳部の歌をよく歌わされました。四季を歌ったものです。後年、テレビから流れてきた「坊がつる讃歌」の元歌です。芹洋子さんは作者不明と言っていました。心の中で「広島大学山岳部の歌ダヨ!!」と叫びました。
※新婚旅行で訪れた鳥取砂丘の頂上から、新妻をおいて砂の急斜面(40メートル以上?)を駆け下りました。内海の砂で鍛えた足を見せつけたかった!?(余談) 
 その後に訪れた出雲大社では、参拝の後に引いたおみくじは大凶だった!!!!!(余談の余談)
(父に縁結びの神様の出雲大社にお礼のお参りを進められた。リタイヤしたらもう一度お参りに行く!!)

サンデージャーナル〔テレビ愛知〕

 テレビ愛知に「サンデージャーナル」という番組があります。日曜日の午後3時からの放送です。石原良純さん・黒田有さん・いとうまい子さんが出演しています。
 3月4日のテーマは「栄地区の再開発」です。久屋大通りの大改造の計画や中日ビルの建て替えなどを取り上げました。中日ビルにもカメラが入り取材していました。理容ハルも取材され、私は長い時間インタビューを受けました。カメラを右斜め前にセットをし、質問は斜めからで、答えるのはカメラ方向ではなく正面にするものでした。変な神経を使い終わったら急に胃痛に襲われました。
 翌日はカットをしてるところを撮影しました。顔が写ってもO.K.のモデルを頼みました。幼稚園から高校まで一緒だった榎本クンです。同業の友人や同級生に「もしかしてテレビに写るかも?」と予告しました。モデルの事は内緒で!?

 4日、ビデオをセットして出勤です。放送時間の後半に中日ビルが写ります。榎本クンから電話入りました。「オーイ見たゾ。写っとったゾ」と。他の同級生からは「榎本くんも写っていてビックリしたよ」とメールが届きました。サプライズ大成功です!! 
 放送内容は「理容ハルは常連客のためギリギリまで営業するお店」として紹介されました。

中日劇場と歩んだ理容店

 25日に52年の歴史に幕を下ろす中日劇場(名古屋市中区)と同じ期間、同じ建物内で理容店を営んできた中村節男さん(71)=同市北区=は劇場とともに歩んだ。観劇ブログを書いて魅力を発信し、時には俳優の髪を切りながら会話を楽しんだ。「これからはそんなこともできなくなる」と寂しさをにじませている。  (放送芸能部・栗山真寛)
      〔3/24付中日新聞・夕刊より〕

※24日(土)午後3時半すぎに中日新聞の栗山さんから「今日の夕刊に載ります。」と電話が入った。4時頃、石垣新聞店から夕刊が届く。理容ハルは土曜日が一番忙しい。待合室で待っていただいている村瀬さんは待ち時間が1時間近くある。届いた夕刊を広げるとナント社会面に大きな写真と共に記事が載っていた。村瀬さんに「これ読んどいて」と夕刊を渡すと村瀬さんもビックリ。昼食を取ったのは5時だった。その間レーズンサンドをほおばって空腹を凌いだ。同業の鈴木さん・服部さんからメールが届いています。結局自宅に帰ってからゆっくりと読んだ。何かうれしさと恥ずかしさが入り混じった妙な気持ちになった。
 栗山さんには1ヶ月以上前に取材を受けました、2時間近くも。昨日も確認の電話が入りました。沢山の話題を提供しました。その中で劇場のフィナーレにふさわしい題材を取り上げて記事にしていただきました。写真はいつも仏頂面の私を笑顔に変えたものでした。「書くことが本職の人」栗山さんサスガです。    〔3/24〕

中日劇場万感の52年完

 ☆3ミリコント☆

   中日劇場万感の52年完
  髪切り役に徹しました
       ―理容「ハル」
    (名古屋・真沙花)

※中日新聞・夕刊に読者からウイットに富んだコントを募集、掲載している「3ミリコント」があります。3月29日(木)の夕刊を広げると、上記のコントが掲載されていました。「エッ、ナニ、コレ!?」「どういう意味?」「髪切り役?」思わずウロタエテしまいました。
 スマホのYahoo!で「髪切り役」のキーワードで検索してみました。するとソフトバンクのCMでバッサリと髪を切った女優の杉咲花さんの画像が載っていました。「アアこれの事?」 30センチ切ったとの事。彼女の主演でTBSのドラマ「花のち晴れ〜花男 Next Season〜」がもう間もなく始まるらしい。

 マサカ、マサカの「3ミリコント」でした。マサカ「理容ハル」が出てくるとは思いもよりませんでした。これはいい宣伝になったでしょうネ、タブン!?
 真沙花サンありがとうございます。

ビルの華 もてなしの50年

 名古屋・栄の中日ビルが来春、建て替えのため閉館するのを前に、案内役を務めてきたエレベーターガールが今月31日で役割を終える。以前は市内の百貨店にも大勢いた花形の職業だったが、今や風前のともしび。昭和を象徴する光景がまた一つ消え、関係者らは寂しさを感じつつ、半世紀の働きに感謝を贈る。           (井本拓志)
    〔3/29日付中日新聞・夕刊より〕

※「3ミリコント」の紙面の上の方を見ると、エレヴェーターに乗ったお客様に「お願いします」と告げ、丁寧におじぎをするエレヴェターガールの写真が目に入ってきました。(先週の土曜日に私の記事が載った同じ社会面です)エレヴェターの中から彼女を撮ったユニークな写真で、経験14年の小川さんでした。中日劇場の閉場と共に退職となるようです。エレヴェターガール達に「新しい職場は決まったの?」と私が尋ねると皆そろって「まだです」と答えています。

金シャチ横丁満開

 高気圧に覆われた東海地方は29日も朝から気温が上昇し、名古屋市の最高気温は午後一時半すぎに25.1度を記録。名古屋地方気象台によると、28日に続いて2日連続の夏日となり、3月中としては1891年統計開始以来、初めてという。
 この陽気の中、名古屋城(名古屋市中区)周辺で飲食や買い物が楽しめる「金シャチ横丁」がオープン。尾張徳川藩主の名にちなんだ二つのゾーンがあり、「義直ゾーン」には「なごやめし」を中心に12店舗、「宗春ゾーン」にはイタリアンの店など7店舗がある。
 朝から大勢の客が詰め掛け、強い日差しを避けるため日傘を差したり、金箔付のソフトクリームを味わったりする客の姿も。
 ジョギング中に横丁を訪れた同市港区の岡本信雄さん(69)は「こんなに暑くなるなんて思わなかった。桜も散っちゃいそう。これから横丁の全部の店に行ってみたい」と話していた。
     〔3/29付中日新聞・夕刊より〕

※30日付中日新聞朝刊の市民版に、オープンセレモニーで河村市長が「いよいよ世界に自慢できる名古屋ができた。うみゃもん食べに来てちょう」とあいさつした。とあります。この横丁は河村市長の提案で実現したものです。いつまでも盛況であって欲しいですですネ。
 天守閣は5月6日で閉館になるそうです。木造復元のためです。私は天守閣に登ったことがないのでそれまでに登ってみたいと思っています。木造復元しなくても、今のままでもいいんじゃないかと思っていますが...

「安いうまい」半世紀で幕・らーめん亭〔さよなら中日ビル〕

 栄の中日ビル地下1階の中華料理店「らーめん亭」が31日、半世紀の歴史に幕を下ろした。メニューはほとんどがワンコイン以内。注文すればすぐに提供され、昔ながらの味で客の胃袋を満たしてきた。この日は多くの客が訪れ「安い、うまい、早い」を体現してきた庶民の味方の閉店を惜しんだ。               (井本拓志)
       〔4/1付中日新聞・市民版より〕

※「らーめん亭」で天津飯を注文すると30秒位で出てきました。お昼時は店の外にお客さんの列が出来ていました。中日ビル閉館まであと1年弱です。もう少し頑張ってと思っていましたが...
 B2の「そば処よし田」も昨年末で閉店しています。二つの店の閉店の理由の一つに、スタッフの高齢化があったようです。

劇場彩った歴代スター〔さよなら中日ビル〕

 3月に閉場した栄の中日劇場で開かれた宝塚歌劇の公演を振り返る「劇場秘蔵ポスター展」が2日、中日ビル2階の特設会場で始まった。6月30日まで。
 1967(昭和42)年に劇場で初めて公演された花組の「燦めく星の下に」から、最後となった今年2月の星組の「うたかたの恋」まで、主にB2判の52点を展示。歴代スターのりりしい姿や、現在は女優として活躍する真矢ミキさんらのトップスターが、名前のみ記載された下積み時代のポスターなどもある。
 67年のポスターでは入場料は500〜1000円で、レイアウトやスターの化粧の変化とともに、時代の移り変わりも見て取ることができる。ポスターの下には、同じ年にあった出来事も紹介してある。
 2日に来場していた中区千代田の幼稚園教諭石黒由美子さん(37)は「ポスターとその年の出来事を照らし合わせると時代が感じられて面白い。懐かしい思い出がたくさんあり、あらためて閉場が寂しい」と話した。  (井本拓志)
      〔4/3付中日新聞・市民版より〕

※私は宝塚のステージは残念ながら一度も観た事がありません。今年の2月公演の時もチケット売り場を覗くと、「チケット売れ切れ」の看板が立てかけてありました。公演中は朝も夜もエレヴェーターホールは、宝ジェンヌを送り迎えするファンで一杯でした。
 せめてポスター展を覗いてみましょう!
※アッ、思い出した。20年以上前、理容ハルの外壁に貼ってあった宝塚のポスターを、ファンの女の子が無断ではがして持ち帰ろうとしたことがありました。ポスターは劇場のものでしたのでプレゼントするわけにはいきません。返すように諭しましたが、ポスターを手にしていつまでも立ち尽くしていた事がありました。

野球×福祉二刀流

 米大リーグ大谷翔平選手の投打にわたる活躍が話題だが、福祉と野球の「二刀流」に挑む元中日ドラゴンズの左腕がいる。茨城県鉾田市出身の長峰昌司さん(33)だ。勤務先が運営する障害者施設で働きながら、プロ野球独立リーグ「ルートインBCリーグ」に、来年の参加を目指し球団設立の準備を進めている。      (越田普之)
      〔4/4付中日新聞・夕刊より〕

名古屋っ子も耳慣れんがや

 名古屋城や熱田神宮など訪れる観光客向けに、名古屋市営地下鉄の5駅で3月下旬から、名古屋弁の案内放送が流れている。「名古屋らしいおもてなし」が狙いだが、名古屋弁でも、近年は話す人がほとんどいなくなった「上町(うわまち)ことば」が使われている。利用者の間では「面白い」などと好意的な反応が目立つが、「聞き慣れない」と戸惑う地元市民もいる。    (中山梓、中村玲菜)
       〔4/8付中日新聞より〕

※小見出しに“「河村弁」よりも上品「上町ことば」”とあります。全く同感です。この放送を聞いて上品な名古屋弁が広まればいいと思いますが、記事の中に“名東区の保育士山内麻衣奈さん(22)は「放送は分かりにくい。『すばしたなも』は使わないので、今の言い方にした方がいい」と提言する。”ともあります。無理に「上町ことば」にこだわらなくても上品な名古屋弁ならそれで充分ではないでしょうか。

理容店余禄 〔エンタメモ〕

 中日ビル3階にある理容「ハル」を経営する中村節男さん(71)は、かつて、中日劇場の楽屋と同じ7階の支店を出していたこともあり、劇場に出演する多くの俳優や歌手の散髪を手掛けてきた。その観劇ブログについては、劇場閉館前日の3月24日に本紙夕刊で伝えたとおり。
 中村さんは「役者さんたちは刈りたて≠mGだった」と振り返る。1カ月間の長期公演や、テレビの連続ドラマの出演中の俳優は、雰囲気が変わるのを嫌うため、いかにも散髪帰りのような仕上がりを避けた。中村さんは、要望に応え、切ってから10日ぐらいたって落ち着いたような雰囲気に切ったのだという。
 中村さんの鋭い目は、テレビドラマ観賞中も、シーンごとに役者の髪の伸び方に注目すると、撮影した日にちが分かる、というほど。「ストリー順に撮影しているのではないんだな、ということが分かった」
 理容「ハル」はビル内で営業期限いっぱいの来年1月まで店を続ける。その後は未定だが、美容師と理容師の2人の息子とともに、「それぞれの特長を生かした店を出せたら」と夢見ている。     (栗山真寛)
      〔4/10付中日新聞・夕刊より〕

※お昼少し前に、中日新聞社の栗山記者から電話が入りました。「今日の夕刊に先回、書ききれなかったことを載せました」とのこと。お礼を言って電話を切りましたが、「どんな内容の記事だろう」とまさかの栗山さんの電話にビックリです。夕刊が届いて記事を読むと「俳優さんのカットは刈りたての雰囲気にしない」というものでした。その話題の時に栗山さんは興味を持ったようでしたので「NHKの朝の連続ドラマ『わろてんか』の高橋一生さんのモミアゲに注目して見るとおもしろいですよ」とアドヴァイスをしました。
※たしか昨年だったと思いますが、和田アキ子さんがテレビで、「2週間に一度カットしていて、いつカットをしたか分からないようにしている」と語っていました。これが本当のオシャレだと思います。
※理容ハルが来年の1月まで営業することも取り上げていただきました。ありがとうございます。
※3月24日の夕刊に掲載されて以来、毎日、お客様に「新聞見たヨ」と声をかけられています。チョッピリ恥ずかしい...

中日劇場のピアノ再出発 〔さよなら中日ビル〕

 3月に閉場した中日劇場(中区栄4)で使ってきたグランドピアノが、劇場と同じ中日ビルの2階にありカフェ「サンモリッツ」に移設された。10日夜には初めてのコンサートがあり、有名歌手の公演で奏でられてきたピアノが、舞台を変えて再出発を果たした。     (井本拓志)
    〔4/12付中日新聞・市民版より〕

※「ピアノはヤマハ製で、2005年7月に中日劇場が購入。歌手の氷川きよしさんや吉幾三らの座長公演で演奏されてきた」と記載されています。全くの初耳でした。そしてコンサートの写真も載っていました。ピアノは新しい役割を果たすことになりました。

歴史振り返る71枚 〔さよなら中日ビル〕

 〔建設前−開業10周年の写真展〕
 建て替えのため来年3月末で閉館する栄の中日ビルの歴史を振り返る「中日ビルなつかし写真展 昭和編その一」(同ビル主催、中日新聞社共催)が20日、同ビル1階の特設会場で始まった。建設前の昭和30年代から開業10周年の1976(昭和51)年までの写真を中心に、時代の変化を見て取れる。      (井本拓志)
    〔4/21付中日新聞・市民版より〕

※昼すぎに会場に足を運びました。チヨット気になる写真がありました。夕方もう一度見に行きました。それは中日文化センターの生け花教室の様子の写真です。そこに池坊の伊藤玉林先生の姿が!
 お客様のカットをするようになって間もない頃、玉林先生のスポーツ刈りを始めると「いい目をしてるネエ」と言っていただきました。緊張して、気合を入れて櫛を入れた時の事でした。うれしくて心で喜んだことを思い出しました。

※会場の案内係に元エレヴェーターガールのまゆみチャンがいました。退社してまだ20日しか経っていないのに、なんか懐かしく感じました。
 新年度になって、ビルの様子がずい分変わったように感じています。朝、ビルに入ってエレヴェーターを利用しようとする時、そこにエレヴェターの娘達の顔がありません。理容ハルの前の店の“サロンdeなごやか”(足裏マッサージ・12月末)“本の王国”(2/18)“キャトルレーヴ”(宝塚・3/25)が退店しました。“よし田”(そば屋・12月末)“らーめん亭”(3月末)“ビビット愛知”(3/31)などが閉店し、空きスペースがドンドンと増えています。中日劇場の閉場がかなり影響しているように思います。

※三菱UFJ銀行と行名が変わった銀行があります。両替で毎日お世話になっています。4月から両替の手数料も変わりました。3月の中頃両替機の前でならんでいると、女子行員から両替手数料改定≠フチラシを手渡されました。見ると10枚までは無料、それ以上は有料とありました。両替を済ませて行員に尋ねました。「硬貨も11枚以上は手数料がかかるの?」と。「ハイ!」と明るい返事です。私は即座に「ふざけるナ!」、すると「フン!」と返ってきました。唖然としました。(笑)
 私は手数料の改定は止む得ないとは思いました。が、硬貨はどれも50枚単位です。1本までは無料にして欲しいと思ったのです。(銀行はサービス業ではない???)

ノーベル賞碑6基に

 名古屋に縁のあるノーベル賞受賞者3氏の手形をあしらった記念碑3基が名古屋・栄の広小路通り沿いに完成し、19日に披露された。2014年に物理学賞を受けた名古屋大の天野浩教授は自らの碑を前に「こんなに名誉なことはない。これを呼び水に人がどんどん集まる場所になってほしい」と喜んだ。
 ほかの2氏は、名大の下村脩特別教授(08年化学賞)、赤碕勇特別教授(14年物理学賞)。高さ1.8メートル、幅1.3メートルで、写真や略歴も紹介した。手形は子どもの手が届きやすい高さにした。
 広小路通りを「アートストリート」と位置付けて美術や学術にちなんだ街づくりに取り組む栄町商店街振興組合(坪井明治理事長)が3氏の功績をたたえ、子どもや若者に夢を持ってもらおうと設置した。13年にも受賞者の野依良治氏と益川敏英氏、小林誠氏の碑を建てている。  (横山大輔)  
     〔4/20付中日新聞・愛知総合より〕

※23日(月)朝、いつものようにスルガ銀行を目指して広小路通りの北側の歩道を西に向かって歩きました。するとスルガ銀行のビルの前に天野教授の記念碑を見つけることが出来ました。天野教授の写真と手形が目を引きます。帰りは南側を歩きます。そこに益川教授の碑があります。「エッ、待てよ。すると他の4人の碑は見たことが無い。住吉通りを越えた方にあるのかな?」時間に余裕のある時に足を伸ばしてみよう! 

100年使えるレシピを

 −料理教室を開講した料理研究家−
     伊藤 華づ枝さん

 名古屋の中日ビル閉館に伴い46年間教えた栄中日文化センターの料理教室を終え、引き継ぐ形で4月から東区東桜1のビルで「インターティアラお料理サロン」を開講しました。和洋中さまざま家庭料理を教えていますが、栄養素の知識やだしの取り方など、基礎も学びます。退職した男性の参加も多いほか、親子孫3代続けて通う生徒さんも。健康を自分で維持したいニーズが高いです。100年使えるレシピを伝えたいです。
   〔4/20付中日新聞・市民版・笑顔!より〕

※奇しくも料理教室の最終日に、講義を終えて教室を出てみえた伊藤先生とバッタリお会いしました。「中日文化センターは今日でおしまいで、新聞社に協力していただいてテレビ塔の近くで新しく教室を開きます。」と挨拶をしていただきました。その時、私は伊藤先生が新しく料理教室を始めるものと思い込んでいました。後にその日が料理教室の最終日という事を知りました。他の教室は秋に元電通ビルに移転すると情報が入っています。料理教室も同じと思い込んでいたのです。
※伊藤先生には長女・仁美が料理教室で働いていた時、大変お世話になりました。仁美の結婚式では主賓の挨拶をしていただきました。

引退後の日々保護犬と一緒 〔元中日・門倉さん〕

 プロ野球中日などで投手として活躍した門倉健さん(44)が、保健所で殺処分の予定だった「保護犬」たちと暮らしている。1匹の犬との出合いを通じてペットの命の大切さを痛感。「自分の知名度が少しでも役に立つなら」と、動物愛護活動にも加わった。

 「ペットを粗末にしてほしくないという気持ちをお伝えしたいと思いました」。1月、スーツ姿の門倉さんは動物愛護行政を所管する中川雅治環境相に面会した。著名人による動物愛護キャンペーンの呼び掛け人の一人として、生後間もない犬や猫のペットショップへの引き渡し禁止期間を、欧米並みに延ばすよう訴えた。
    〔4/21付中日新聞・夕刊より〕

※4日付の夕刊に「野球×福祉 二刀流」と題してドラゴンズ O.B.の長峰さんの近況が紹介されました。今度は門倉さんでした。お二人ともお元気で社会貢献しているようです。プロ野球選手の選手生命は短く引退してからの方が長い。今回のように引退後の情報が入るとファンとしてうれしく思います。

第59回中日クラウンズ

 新村さん(しんむら・長女の婿)から「中日クラウンズ」のチケットをプレゼントされました。28日(金)は2週間ぶりの休日です。用事を済ませて店を出たのは11時。地下鉄・鶴舞線・赤池駅で降りてシャトルバスで和合に着いたのは12時過ぎでした。
 スタートホールの左ラフにいると近くに桑原のボールが飛んできました。選手の位置を表示するボードを探してウロウロしていると4、5人の選手がアプローチの練習をしていました。見ていると皆、スピンアプローチです。「ウワァさすがにプロだナァ」と思いました。
 ようやくボードで選手の現在位置が分かりました。遼クンは17番です。最終ホールに急ぎました。すると、新しく出来た左のクロスバンカーに選手の頭が見えます。「アレッ、あれは遼クンでは?」。それは間違いなく遼クンでした。「エッ、今日もまた入れたの?」その後ガードバンカーにもつかまり“ダボ”。ボードを見ると、それでも3位です。3日目・4日目はもう入れないでしょう。遼クンの優勝はかなりの確立であると感じました。
 帰りのバスはレンタカーのマイクロバスでした。ファンに聞かれて「20台借りました」と応える係りの声が聞こえました。
     〔4/27〕

  ― 遼ショット制御不能 ・・・
 石川遼(26)=カシオ=は難攻不落の和合に飲み込まれた。8位で出て、バーディーなし、6ボギーの76と崩れ、通算1アンダーで首位と11打差の28位。2009年全米プロ王者のY・E・ヤン(韓国)が67をマークし、通算12アンダーで12年ぶりの日本ツアー通算5勝目を挙げた。
    〔4/30付中日スポーツより〕
※アチャァ!? 私は、石川の優勝の可能性があると予想しましたが、見事に外れました。18番のバンカーが石川をこんなにもクルワセタ?
※時々、和合でプレーする高瀬さんによると、18番のバンカーはもともとあったとの事。深くしたことで難易度が高くなった!!

理容ハル・創業52周年

 理容ハルは昭和41年4月29日に創業いたしました。本日、満52年を迎えました。中日ビル建て替えのため、中日ビルでの営業は来年1月末日までです。移転先はまだ決まっていませんがなるべく近くでと思っております。今後もご愛顧のはど宜しくお願いいたします。
  
        理容ハル 中村 節男
                     4月29日

コンクリ天守登り納め

 名古屋城の木造天守復元に伴い、名古屋市は5月7日から現天守への入場を禁止する。新天守が完成予定の2022年末まで4年7カ月間、観光客は入ることができなくなる。空襲による焼失から再建され、59年。「戦後復興のシンボル」として市民や観光客にしたしまれた現天守は、一つの役割を終える。
        〔4/29付中日新聞より〕

※27日(金)、中日クラウンズの観戦を終えて地下鉄で栄に向かいます。ゴルフスクエアに電話を入れると、私のレッスンを受ける時間は空いてないとの事。2週間連続のレッスン休みです。
 「じゃあ、名古屋城ダ!」名古屋城はここのところ話題が多い。天守閣は5月7日からは入場禁止になるという。私は天守閣に登った事がない。栄を通過して市役所で降ります。改札口を出ると名古屋弁のお出迎えの放送が聞こえました。最近、オープンした金シャチ横丁を横目に入場、天守に入った。鉄筋鉄骨コンクリート造り5層7階建てだそうです。
各フローワーにはお宝が一杯です。刀剣や甲冑などです。私は、今までに姫路城・彦根城・犬山城に登った事がありますがこんなにたくさんの貴重な資料を見たのは初めて、ビックリです。名古屋城の天守閣充分堪能しました。
 いくつもの刀を飾ってあるフロアーがありました。そこに「刀から生まれた言葉」を列記してありました。最初に「押取り刀」を挙げてありました。その意味は「急な事で、刀を腰に差す間もなく手に取るとること。大急ぎのこと。」とありました。 「エッ!ウソ!!おっとりじゃないんだ」と思い違いをしていた事に気付きました。 
 名古屋城にかかわることで、私が大間違いをしていた事がまだあります。築城主が家康である事を知ったのは何年か前のNHKの「歴史ヒストリア」を見た時です。小学生の頃1つ年上の弘平クンに「今から篠島に行こう!」と言われ、5人くらいのいたずら坊主が無賃乗車と無賃乗船で内海から篠島に行きました。そこで弘平クンに“清正の枕石”を教えてもらいました。それより以前、村の子供会で西岸寺の和尚に“清正の虎退治”のエピソードを聞かされていました。この2つの経験が絡み合って築城主は秀吉と思い込んでいたのです。テレビを見ていて今までの大間違いを知りました。恥ずかしさしかありません。

春の叙勲

 南知多病院の田中先生にいつものように開店と同時にご来店いただきました。レジで「この前の夕刊、見たよ!」とお声を掛けていただきました。「ありがとうございます。チョット恥ずかしいです」とお答えしました。新聞に載ってから、今でもお客さんに「新聞見たよ」と声を掛けられます。田中先生の奥様は新聞の隅から隅までご覧になられるそうです。まれに私の投稿文が載りますが、すると必ず先生に「この前載っていたねぇ」とお声を掛けていただきます。
 さて、帰宅してからゆっくりと新聞に目を通しました。29日は春の叙勲者を掲載してありました。今年も「お客様が載っていないかな」と見始めると、早々に瑞宝小綬章の欄に、なんと田中先生のお名前を見つけることが出来ました。今日のご来店の時には何の素振りもお見せにならなかったのに。      
     先生おめでとうございます!!

誇りの天守 またね

 ― 名古屋城 木造化へ入場禁止 ―
 木造で復元される予定の名古屋城の現天守は7日、入場が、禁止された。新天守の完成予定は2022年末で、観光客は今後、4年7カ月間、立ち入ることができない。戦後の名古屋を見守ってきたコンクリート製の現天守に登ろうと、大型連休中はここ10年で最多の17万人の観光客が来場。最終日の6日も大勢の人が、名残を惜しんだ。  (中山梓)
       〔5/7付中日新聞・夕刊より〕

中日くらし友の会が総会

 中日新聞の読者でつくる「中日くらし友の会」の第62回総会が9日、名古屋市中区の中日新聞社で開かれ、東海や北陸地方から会員ら約250人が参加した。
 友の会は、本紙生活面掲載「くらしの作文」の投稿者らを中心に1957年に結成され、昨年60周年を迎えた。新たに会長に就任した内山智子さん(59)は「ここに集う友はお互いの宝。寄り添い、絆を深めていきましょう」と決意を述べた。
 その後、本社の大島宇一郎社長が「くらしの中の新聞」と題して記念講演。本紙の粘り強い報道が再審開始決定につながった滋賀の「呼吸器事件」などの事例を紹介。「ネット時代の中でも新聞がニュースを発掘し、信頼もされている。地域の情報は貴重なので読者の生活に密着しながら地域活性化につながる紙面を作っていきたい」と話した。
   〔5/11付中日新聞・愛知総合より〕

※今年も、中日ビル北側の道路・広小路通りでタクシーを拾い、新聞社に向かいました。新聞社前の通りでタクシーを降り、歩いて玄関に。すると大型のタクシーが玄関横付けしました。見覚えのある方が次々に降りてきました。中部日本ビルディング鰍フ社長・重役・営業部社員でした。「何の用事?」と聞かれました。玄関の「くらし友の会・総会」の張り紙を指差しました。来年は地下鉄で来よう、遅刻をしないように。(もう道に迷うことはナイ!)
 北支部での受付をしていると、元会長の河野さんに挨拶に来ていただきました。河野さんには中日劇場閉場の記事が載った時にお手紙をいただきました。こちらからご挨拶に行こうと思っていたのに...恐縮です。何人かの会員の方にも声を掛けていただきました。(新聞の効果は大きいですネェ)

 午後は大島社長の講演です。初めてお目にかかりましたが若々しさにとても驚きました。「くらしの中の新聞」がテーマでした。スクリーンを利用しての講演でした。自己紹介から始まり、新聞の役割と課題についてお話いただきました。
 質疑応答の25分間、今までにない活発な質問が飛び交いました。名古屋城のこと、ドラゴンズのこと、東京から来たという女性は新聞社の位置が分かりにくいと訴えていました。(私もようやく覚えることが出来ました)社長の頭の中は80%が中日ビルのことが占めているとおっしゃっていました。時々、肩をすくめるようなしぐさをされますが(私にはそのように見えます)大島最高顧問に似ているナと感じました。
 でも、ひょっとして、もしかして中日ビルのエレヴェターホールでお見かけしているかもしれません。若々しさに社長とは気付かなかったのかも??

名古屋城 本丸御殿が完成

 名古屋城の本丸御殿が9年にわたる復元工事を終えて完成し、8日から全面公開されるのを前に、報道陣向けの内覧会が4日あった。将軍が宿泊するために建てられた「上洛殿」などがお披露目され、在りし日の優美な姿がよみがえった。
 上洛殿は1634年、江戸幕府の3代将軍家光が宿泊するために増築された。工事では、焼失前の上洛殿を忠実に復元。欄間に極彩色の彫刻を施し、ふすま絵は狩野探幽の作品を模写した。飾り金具も華やかな装飾を施し、御殿の中でも一番の豪華絢爛さを誇る。将軍専用の風呂場「湯殿書院」なども公開された。
 本丸御殿は1615年に徳川家康の命で、九男の尾張藩主・義直が居住するために建築された。1930年に国宝指定されたが、45年5月の空襲で天守とともに焼失。2009年から復元工事が始まり、13年に「玄関」や「表書院」、16年には「対面所」などが公開された。
   〔6/4付中日新聞・夕刊より〕

※4月末に名古屋城を訪れた時、人の流れにまかせて、まだ木の香りのする御殿を見学した。天井やふすま絵に目を奪われました。あれは本丸御殿だったのだろうか? アハッ!?自分自身のいい加減さにあきれます。
※先の戦争の空襲で天守閣も本丸御殿も失いました。実際に炎を目にした人々はその時、どんな気持ちだったでしょうか?
※木造復元を目指すという名古屋城。今、エレヴェーターをつける・つけないで議論になっています。
 それとは別に私は、今現在、庶民の私たちでも天守閣や本丸御殿に入ることが出来る事に幸せを感じます。築城の頃の人々にチョッピリ申し訳ないという気持ちがあります。

AKB48 世界選抜総選挙

 アイドルグループ・AKB48の53枚目のシングル(9月19日発売)の表題曲やカップリング曲の歌唱メンバーをファン投票で決める「AKB48 53rd世界選総選挙」(中日新聞社ほか共催)の開票イベントが16日、ナゴヤドームで開催され、史上最多の339人が立候補した中、SKE48の松井珠理奈(21)が自身過去最多得票となる19万4453票を獲得。初の栄冠を手にし世界選抜のセンターをゲットした。2位はSKEの須田亜香里(26)で地元・名古屋での開催となったSKEがワンツーフィニッシュを達成。3位はHKT48の宮脇咲良(20)が入った。
     〔6/17日付中日スポーツより〕

※出勤の時、ナゴヤドーム方面に向かう地下鉄の車両がいつに無く混んでいました。名古屋では今年の総選挙がナゴヤドームで行われるとマスコミで騒がれていました。SKEのメンバーでワンツーフィニッシュは名古屋のファンは大喜び!?
※“まゆゆ”と“ゆきりん”の区別がつくようになったのは3年位前デース!
“さっしー”がカワイク感じるなんて20代の頃の私では...

北斎展

 午後からゴルフスクエアで45分間、ドラバーだけを振り回した。土・日のおつり銭を確保して、SAKAENOVEの“サロンdeなごやか”に向かった。理容ハルの目の前にあった足裏マッサージのお店です。昨年末に中日ビルでの営業を終えてNOVEに移転しました。この日は残念ながら予約客が入っていて施術をうける事が出来なかった。
 地下街を中日ビルに向かって歩いていると三越の前で「北斎展」のポスターが目に入って来ました。「アアそういえば北斎展、観にいこうと思っていたワ」ということで、直ぐ会場に。耳にイヤホンガイドをセットして作品を観て回りました。パット見、作品の数の多さに驚きました。そして大きさは思っていたより少しばかり小さかった。
 お馴染みの富嶽三十六景「凱風快晴」「神奈川沖浪裏」、そして大樽の中に小さく見える富士を描いた「尾州不二見原」は名古屋市富士見町からの風景ということを知りました。30分位の予定が1時間ほどかかりました。目に付いた作品はスマホのシャッターを押しました。反射する光が気になった事もありましたが、マアマアきれいに撮りました。
 受付の女性にイヤホンガイドを返す時に、以前、「北斎漫画」の映画を見た事、北斎演ずる緒方拳のラストシーンのセリフをうろ覚えしている事など、おしゃべりをしました。

モネ それからの100年

 先週「北斎展」を鑑賞して、名古屋美術館で開催されている「モネ展」も観にいこうという気になりました。中学の時、図工の科目でどうしても“5”が取れなかった私がそのような気持ちになるのは、自分ながら不思議に思います。
 モネ展も7月1日が最終日です。チャンスは今日しか有りません。久屋大通りでクラブを振り回した後、地下鉄を栄で乗りかえ伏見まで、そして美術館に入りました。
 入館するとすぐにイヤホンガイドを借りました。モネの作品の他、影響を受けたと思われる作家の作品も多数ありました。私がモネの作品で目を引いたのは、ロンドンに住んでいた時に描いた「霧の中の太陽」です。作品を斜めから見た時、川面に写っている太陽が、なんとキラキラ反射して見えたのです。2階の作品も一通り観て出口を出ようとしました。「アレッ、睡蓮、観たっけ?」。係りの女性に尋ねると「睡蓮のコーナーがありますヨ」と。観ずに出てしまった人が何人かいたとの事、聞いてよかった...西洋の画家が、江戸時代の浮世絵の影響を大きく受けたことを改めて感じ入りました。
 ここのところ、名古屋城天守閣・北斎・モネと鑑賞が続きました。考えてみると、お城に殿様が住んでいた頃は庶民は天守に登ることは出来ません。それが時を経て、我々が見学出来るという事はとても恵まれていると言えるのではないでしょうか!  北斎とモネも多くの実物を目の当たりに出来ました。幸せを感じます!!
         〔6/29〕

土俵の安全祈願

 大相撲名古屋場所(中日新聞社共催)の成功と土俵の安全を祈願する土俵入りが初日を控えた7日、名古屋中区のドルフィンズアリーナ(愛知県体育館)で行われ、3場所連続優勝を目指す横綱鶴竜や新大関栃ノ心らが、土俵上で三役格行司の木村庄太郎が読み上げる祝詞を神妙な面持ちで聞き入った。
        〔7/7付中日新聞より〕

※先日、八角理事長にご来店いただきました。「理容ハル」は中日ビルでの営業が来年の1月末までで、まだ移転先が決まっていない事をお伝えしました。来年ご利用の際は「ホームページで探せばいいね」と言っていただきました。
※呼び出しの次郎さんには、ここのところ私の休みの日のご来店が多くて、お会い出来ずにいましたが、今年久しぶりにお顔をあわせることが出来ました。
 

写真で振り返るあの頃 〔さよなら中日ビル〕

 建て替えのため来年3月末で閉館する栄の中日ビルの歴史を振り返る「中日ビルなつかし写真展 昭和編その二」(同ビル、中日新聞社主催)が、ビル1階の特設会場で開かれている。昭和50〜60年代の51枚を展示している。
                (井本拓志)
     〔7/8付中日新聞・市民版より〕

※張り替えられた写真の中には、巨人のV10を阻止した時の優勝パレードの後、中日ビルの2階バルコニーで与那嶺監督をはじめ選手一同が、久屋公園・久屋大通りに集まったファンに手を振っているのがありました。まさに黒山の人だかりデス!

御園座

 御園座の7月公演は「舟木一夫」です。公演日程を見ると連日、貸切が続いています。私の休日も貸切ばっかり。土日は忙しいはずの理容ハルも、今週は3連休だからか暑すぎるからなのか客足はイマイチ。“海の日”の今日も午後3時、ナントお客様はゼロ!? これは、ロンドンのサッスーンの美容学校へ3カ月の留学に出掛けたユウスケ(ナオヒロに誘われて)が不在のため、休日を返上して出勤している私にご褒美か?と かってに解釈して御園座に向かう事にした。
 地下鉄の伏見駅で降り、階段を登り地上に出ると「暑っう〜、ナンじゃこれ!?」外は蒸し風呂状態です。いまだかって経験した事のない暑さです。
 チケット売り場に向かうと、中日劇場で活動していたMさんの顔が見えました。入場すると次から次に顔見知りの人に声を掛けられました。音楽堂の社長には、中日劇場でポスターをプレゼントしていただいたお礼を言いました。

 お芝居は「鬼吉喧嘩状」、ご存知次郎長一家の物語です。共演者は 林与一・葉山葉子・曾我廼家文童・桜木健一さんら錚々たる顔ぶれです。それぞれの役者さんの個性を生かすシーンが創られていたように感じました。ラストシーンでは、舟木演ずる鬼吉が上半身の肌をあらわにして、花道から退場しました。
 「シアターコンサート」は“花咲く乙女たち”で幕開けです。(高校の3年間同じクラスだったY子さんの大好きな曲です) 学園ソング・バラードなど30曲ほど。場内はアマイ歌声に酔いしれました。ファンからたくさんのプレゼントが手渡されます。不思議に思うのは、プレゼントを渡すと直ぐに帰ってしまう事です。握手の後、舟木の顔を見直せばいいのにといつも思うんですヨネ!?
                  (7/16)  

※林与一さんの舞台は初めてでした。父が内海で理髪店を営業してた頃、お客様の松本さんが与一さんと親しいと「ヨイッちゃん、ヨイッちゃん」と呼んでいました。与一さんハタチの頃の話です。
※舟木さん、のどをお大事に。この先も私たちの世代を楽しませて下さい!!
※栗山さん!(中日新聞・芸能担当) ようやく御園座にも足を運びましたヨ! 次回は「名古屋をどり」に行けるカナ?

栄・テレビ塔1月からお休み

 日本初の電波塔として建設された名古屋・栄の「名古屋テレビ塔」を運営する名古屋テレビ塔株式会社は19日、老朽化に伴う免震工事を行い、全面改修すると発表した。来年1月7日から営業を休止し、2020年7月に新装開業する。低層階に高級レストランやカフェなど誘致し、新たなにぎわいを生み出す。
        〔7/20付中日新聞より〕

※昨秋テレビ塔は免震工事を行う事が発表されました。そして今回、具体的な工法と日程の発表です。丸栄はすでに閉館となっています。中日ビルの営業も来年1月末までです。栄が大きく変わろうとしています。
※先日、大澤社長には移転先探しのアドヴァイスをしていただきました。中日ビル以上のところを見つけることはナカナカ難しい...

御嶽海 次は大関とり

 大相撲名古屋場所(中日新聞社共催)の千秋楽は22日、名古屋市中区のドルフィンズアリーナ(愛知県体育館)で行われ、前日の14日目に初優勝を決めた西関脇の御嶽海(25)=本名大道久司、長野県上松町出身、出羽海部屋=は豊山に掛け投げで敗れ、13勝2敗で終えた。初優勝に加えて、殊勲賞と技能賞を獲得した。
   〔7/23付中日新聞より〕

※3横綱と栃ノ心が途中休場。どうなる事やらと思っていたら、ヒーローが現れた。御嶽海、山と海の四股名。これからどんどん上の番付を目指して頑張ってもらいましょう。

台風12号

 先日(28日)、台風12号が東海地方に接近しました。午後1時前に、名古屋地方に暴風警報がでました。協同組合中日ビルタウンでは、暴風警報が発令されると2時間後に閉店する規則があります。(なぜだか分かりませんが...) 当然のように午後3時に閉店となりました。理容ハルはお電話をいただいたお客様には、通用口を出入りしていただき午後6時まで営業いたしました。大変ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。
 私は、台風が東海地方の沖合いを通過し、朝方には暴風警報が解除されることを祈っていました。名古屋に最接近したと思われる深夜には、風が少しばかり強くなったカナ?雨も少し強くなったカナ?という程度でした。朝には私の希望通り暴風警報は解除され注意報となっていました。平常通り10時より営業することが出来ました。
 西日本豪雨の被災地に台風が通ったようです。心が痛みます。
     〔7/31〕

「占い王国」千種に新店舗

 来年3月末に閉館となる名古屋・栄の中日ビルでは、3階に占いコーナーを設けている「占い王国」が9月末に閉店。そのため「占い王国」は今月7日から名古屋市東区葵の多門ビル4階で新店舗を営業している(地下鉄・千種駅1番出口から徒歩すぐ、錦通・メルパルクの5軒隣)。
 名古屋には手相占いの大家がいる―というのは占いファンの間で広く知られているが、その人こそ「占い王国」代表の石丸健照さん(77)。新店舗の収益の一部を中日新聞社会事業団に寄付するために本社を訪れた丸石さんは、新店舗についても語った。
 石丸さんといえば、特許を取得した「検視盤」による「コンピューター手相占い」がよく当たると評判。「コンピューター占いは今まで500円でしたが新店舗オープンを機に300円としました。より詳しく四柱推命で占ってほしい人には1件2000円で応じています」。午前11〜午後8時、水曜休み。問い合わせは、占い王国=052(930)5444。
    〔7/29付中日スポーツより〕

※私は正月とお盆に「コンピューター手相占い」をしています。いつも大体同じような結果です。私には運命線がありませんでしたが、最近細い運命線が出て来ました。新しく何本も細い線が出てきて、こんなにも手相は変わるのか!?と驚いています。左手の薬指の下に斜めの線が出てきて気にしています。悪い線でないといいのですが...
※丸石社長に「同じビルに入らないか?」と誘われました。エッ!移転先の事で占ってもらった時、東方面は良くないって言われたジャン!!

携帯電話の歴史 〔通風筒〕

 ◇…携帯電話の歴史を振り返る企画展が一日、名古屋・栄の中日ビルで始まった。建て替えで来年3月に閉館するビルと、平成最後の夏に、時代を象徴する生活必需品の変遷を見てもらおうと企画した。
 ◇…肩から掛ける国語辞典大の「ショルダーホン」や、今や当たり前の写真機能が初めて付いた端末など、この30年ほどで発売された代表的な41機種。「10人に1台の時代」(1996年)と報じる中日新聞の記事や年表も添えた。
 ◇…「親世代には懐かしく、子どもには珍しいと思う。共通の話題にして」と担当者。「ガラケー」と呼ばれ独自の進化を遂げてきた日本の携帯電話。スマートフォン全盛の時代に、ガラパゴスの風を感じてみては。
     〔8/2付中日新聞・通風筒より〕

名古屋灼熱 40.3度

 日本列島は3日も高気圧に覆われ、名古屋市や岐阜県美濃市で40.3度を記録した。熱中症とみられる症状で長崎県では車の中にいた女児(1)が死亡、宮城県や熊本県で高齢者2人が死亡した。名古屋市は1890(明治23)年の統計開始以来、最も高かった39.9度(1942年8月2日に観測)を更新した。東京23区、大阪市、名古屋市の三大都市で40度を超えたのは観測史上初。
 気象庁によると、日本海側からの風が山を吹き下ろす「フェーン現象」の影響で東海地方を中心に気温が上昇した。最高気温が35度以上となる厳しい暑さは東日本で8日にかけて、西日本では10日ごろにかけて続く見通しで、充分な熱中症対策を引き続き呼び掛けた。

※もう毎日がサウナ状態です。帰宅すると、窓を開けてエアコンのスイッチを入れるのが習慣になっています。名古屋の気象台は比較的涼しい場所にあります。栄での温度計の写真が載りました。それは41.2度を示していました。
※市バスで出勤の時、必ず河川敷のゴルフ場の様子を 見ます。グリーンが大変です。半分以上地面が見えているのですす。     
       〔8/4付中日スポーツより〕

電話 不通

 5日(日)、朝から当店の電話が通じませんでした。
 いつも予約していただいている辻本さんに、開店と同時にご来店いただきました。「アレッ、予約なしですか?」とお聞きすると「9時20分頃から10分おきに電話したけど出んかった」と。調べてみると着信音が鳴りません。
 NTTに修理を依頼し、午後5時少し前に復旧しました。大変ご迷惑をお掛けし申し訳ありませんでした。
              理容ハル 中村節男

※日曜日はいつも予約のボードがお客様のお名前で一杯になるのに、復旧と同時に電話が入った角田さんの名前だけが書かれていました。

父の悲しみ伝えるね 愛知の被爆2世慰霊碑に誓う

 悲劇を繰り返すまい。広島は6日、平成最後の原爆の日を迎え、誓いを新たにした。73年前の地獄の光景は、今も被爆者の目に焼き付いたままだ。西日本豪雨に見舞われ、酷暑が続く中での平和記念式典。遺影に語りかける遺族。込み上げる涙。絶え間ない祈りの時は静かに流れた。
     〔8/6付中日新聞・夕刊より〕

※8日、丹波さんにご来店いただきました。お顔剃りを終えてブローに入る時、「この前、内の家内が新聞に載ったよ」と。よくお聞きすると、奥様の真里さんが平和記念式典に、愛知県の遺族代表として参加したとの事。アッ、その記事読んだ! 帰宅して6日の夕刊に目を通すと、奥様が花束を手にした写真がありました。よく読むと丹波真里さんとあります。ウワッ、お名前までチェックしていなかった。丹波さんの奥様だったンダ!

超ロングセラー『ぼくらの七日間戦争』

 児童文学の名作『ぼくらの七日間戦争』(KADOKAWA)が、発表から30年以上たった今、あらためて注目を集めている。ポプラ社が初めて実施した「こどもの本総選挙」で8位に入ったほか、アニメ映画化が決定。資料館「文化のみち二葉館」(名古屋市東区撞木町)では、関連資料を集めた企画展も開かれている。衰えない人気に、作者の宗田理(そうだおさむ)さん(90)=同市=は「うれしいですね」と笑顔を見せる。             (中村陽子)
    〔8/11付中日新聞より〕

※90歳になられる宗田先生、記事によると現在も1年2冊ほどのペースで新刊の発表しているとか、驚異です!!
※シマッタ!日テレの「世界一受けたい授業」ビデオ入れてくるの忘れてた!
※「文化のみち二葉館」の展示「『ぼくら』シリーズ 宗田理作品を読もう!」は、9月2日まで開催です。

中日ビル 渋いいね

 歴史的な建造物とまではいえない築50年ほどの古いビルを「渋い」と評価して観察し、記録を続ける「名古屋渋ビル研究会」が、来年3月末で閉館する名古屋・栄の中日ビルを特集した小冊子「名古屋渋ビル手帖」を発行した。一般の人が入れないビルの裏側や細部を紹介。建築物としての魅力をアピールしている。      (長田弘己)
 手帖はB6判カラー24ページで1冊500円。1966年に開館した中日ビルの歴史をひもとき、当時としては大工事となった工法を図解付きで説明。中に入る中日劇場やクラブ東海などを細かく回るとともに、ビル名を示すサインやドアの取っ手のデザインといった見どころを「ビルの宝箱」として盛り込んだ。
 研究会は、名古屋市立大で建築を学んだ1級建築士謡口志保さん(41)とグラフィックデザイナーの寺嶋梨里さん(40)の同級生2人が2011年ごろに結成。当初は街歩きをしながら古い商店街のビルなどを見つけて楽しんでいたが、大阪で古いビルの小冊子が出ているのを知り「名古屋にも良いビルがあるから、やってみよう」とブログでスタートした。
 手帖は中日ビル1階で開催中の写真展で販売しているほか、栄の丸善やパルコ内の書店でも購入可能。
     〔8/14付中日新聞・夕刊より〕

※見出しが「中日ビル 渋いいね」。ゥン??「渋いいね」何度か見直しました。ウン「渋いいね」なるほど!
 手帖、早速買いに行かなくちゃ。

名古屋の中2 銃持つ姿を詠む

 戦後70年の2015年から3年間、本紙1面で連載した「平和の俳句」が終戦記念日のきょう、1日限定で復活しました。全国から寄せられた作品は7349句で、作家のいとうせいこうさん(57)、俳人の黒田杏子さん(80)と夏井いつきさん(61)が選者を務めました。
   −平和の俳句−
     僕たちと「普通」が違う 少年兵

 名古屋市萩山中2年の高木勇吹さん(たかぎいぶき・14)は、アンゴラ内戦の少年兵について学んだ時の気持ちを詠んだ。黒人の少年が野原で銃を構える写真が忘れられない。無表情だった。「人を殺すのが普通の生活で、感情を表せなくなった子もいたと知って、悲しかった」  (川原田喜子)
     〔8/15付中日新聞より〕

※高木君は小学3年まで広島で育ち、幼稚園の遠足で原爆ドームを見たそうです。「びっくりして、戦争は2度と起きちゃいけないと思いました」と語っています。私も高校の修学旅行で広島を訪れました。資料館見学の後の昼食はノドを通らなかった事を覚えています。家族には1度は見学に行くよう勧めています。
※私は俳句の勉強は全くしてませんが、「平和の俳句」3回目の挑戦をしてみました。

     耳慣れた 異国の言葉と すれ違う
                         

熱い団結 重ねた20回

  −どまつり閉幕−
 夏の名古屋を彩った「第20回にっぽんど真ん中祭り」(どまつり、中日新聞社共催)が26日、閉幕した。名古屋・栄の久屋大通公園であったファイナルコンテストでは審査を勝ち上がった12チームが競演。
 最優秀の「どまつり大賞」には「Kagura(かぐら)」(名古屋市中区)が輝いた。
 Kagura は結成9年目で初めての大賞。名古屋の市章「丸八」を背に、赤や紫のあでやかな色打ち掛けで舞った。金色の和傘も使い、絢爛豪華なステージで観客を魅了した。代表の吉井佑策さん(31)=名古屋市緑区=は「地元名古屋のチームとして、記念となる20回目に大賞が取れてうれしい」と喜んだ。祭りは観客を巻き込んだ「総踊り」で締めくくられた。
 どまつりは23日に開幕し、国内外210チームが参加。主催者によると、4日間で221万人を動員した。
   〔8/27付中日新聞より〕

年齢生かした表現に挑む

−観世流久田勘おう 来月「道成寺」−
 
 能楽師シテ方観世流の久田勘おうが古希を迎え、4度目となる「道成寺」に挑む。前回の上演から10年ぶりとなる9月24日の「能姫町財団記念公演」に向け、勘おうは「この年でないと表現できないものがあると思う」と意気込む。
 
 午後1時半開演、名古屋能楽堂。  (栗山真寛)
     〔8/27付中日新聞・夕刊より〕

※凛々しい表情の勘おうさんの写真が載りました。一時体調を崩していた勘おうさんですが、この表情を見ると病の方が退散したようにみえます。芸術家はすごいですねえ、その年齢にならないと表現できないものがあると。我々理容師は衰えるばかりです...(泣)

さくらももこさん死去

 「ちびまる子ちゃん」で知られる人気漫画家のさくらももこさん(本名非公表)が15日午後8時29分、乳がんのため死去した。
 1984年に漫画家デビューした。「ちびまる子ちゃん」は86年、月間少女漫画誌「りぼん」で連載を開始。昭和40年代に小学3年生だったさくらさんをモデルに、まる子ちゃんとその家族、友人たちの日常をユーモアたっぷりに描いた。
 90年からテレビアニメが放送され、最高視聴率39.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録。映画にもなり「平成のサザエさん」と呼ばれるほどの国民的人気を博した。さくらさん自身が作詞した主題歌「おどるポンポコロリ」は90年に日本レコード大賞を受賞。漫画の単行本は16巻累計発行部数は3200万部を超える。海外でも翻訳、出版されている。
 エッセイ「もものかんづめ」「さるのこしかけ」「たいのおかしら」の3部作は、それぞれミリオンセラーとなった。エッセーで子ども時代に「はにかみ屋で、すごく冷めていた」と振り返るように、独特の鋭い観察眼が作風に生きていた。  
      〔8/28付中日新聞より〕
※2007年7月1日から11年12月31日までの4年半、中日新聞朝刊に4コマ漫画「ちびまる子ちゃん」が連載されました。テレビのニュースでは、東京新聞と報道されていました。この日の紙面には2011年3月18日付の紙面に掲載された「ちびまる子ちゃん」の4コマ漫画が載っていました。

マイウエイ〔宮池克人〕

 −中部経済新聞より−
 本紙最終面の連載企画「マイウエイ」は9月1日から、中日本高速道路社長CEOの宮池克人氏が登壇します。
 宮池氏は名古屋大学大学院工学研究科を卒業し、中部電力に入社します。最初に配属された総合技術研究所では発電所の環境(温排水)問題に取り組み、通算10年に及ぶ浜岡原子力発電所では新しい電源開発に向けて、地域との対話に全力を傾けます。
 電力の安定供給が最優先された時代から、「電力システム改革」で電気事業が大きな転換期を迎えるまで。さらに、トンネル天井板落下後に社長に就任した中日本高速道路と、生活や産業を支える社会インフラとともに歩んできたこれまでを、幅広い趣味の話などを交えながらつづっていただきます。
 ご期待下さい。

※9月1日の「マイウエイ」。宮池社長の顔写真が飛び込んできました。こんな笑顔見た事がありません??
 これからしばらく楽しんで読ませていただきます。

台風21号

中日ビルタウン臨時休業
 4日、台風21号接近、名古屋に暴風警報が発令されました。そのため中日ビルタウンは臨時休業となりました。
ご迷惑をお掛けしまた。

               中日ビル 理容ハル

※帰りのバスを降りたのは1時30分頃でした。傘を差すと同時にものすごい強風が...体が浮き上がりました。傘の骨がポキリと。ウワッ、こんなの初めてダ!
 家に帰って2階の部屋で着替えをしていると、あまりの強風に地震かと思われるほど家が揺れます。窓から外を見ると庭のカーポートの屋根が震えています。アイコ殿と一緒にロープでグルグル巻きに補強しました。雨水が目に沁みました。下着で作業をしましたがズブヌレです。まるで海に飛び込んだようでした。その後も屋根は震えていましたが、何とか凌いで吹き飛ぶことはありませんでした。
 名古屋に住むようになって50年余り、最大の台風だったと感じました。

名古屋をどり

 ―デーモン閣下会場沸かす―
 日本舞踊公演「第71回西川流名古屋をどり」は10日、名古屋市中区の御園座で5日間の日程を終え、閉幕した。最終日の特別企画としてロック歌手のデーモン閣下が新作舞踊に登場。生の歌声を披露し、会場が拍手で沸いた。
 新作舞踊は、西川千雅(にしかわかずまさ)さん(49)が家元として初めて振り付けた。千雅さんをはじめ、現代舞踊のダンサーやアクション俳優らが踊る傍らで、「君が代」や「見上げてごらん夜の星を」などを高らかに歌った。
 途中、トークショーもあり、デーモン閣下が「御園座という新鮮な場に来ることができた」と話すと、千雅さんは「閣下のおかげでこのような素晴らしい舞台になった」と喜んだ。
 今回の共演は、デーモン閣下が日本の伝統文化に深い関心を寄せていることを知った千雅さんが、新作アルバム「うただま」の使用を打診して実現した。     (長田真由美)
    〔9/11付中日新聞・県内版より〕

※イヤホンガイドを借りて2階席に向かうと、私の席の通路をはさんだ隣の席に武将の姿が。チョット気にしながら舞台に目を。中京大中京のメンバーが跳ねたり、家元の舞いにシャッターを押したり、ももよさん一度お顔そりにきていただいたナァと思ったり。前半の舞台が終わりました。
 休憩時間、出入り口近くで袴姿の栗山さん(中日新聞社芸能記者)とバッタリ。美人の上司に「中日ビルの理容ハル」と紹介していただきました。
 「むらぎも杖」は総師・右近と最高齢の菊次郎さん、座頭の夫婦の物語でした。イヤホンガイドを聞きながら観ていると、ストーリーが読めました。地蔵様に願掛けして「アッ、見えるようになるな、妻に別れてくれと言われるな、見えなくなっても一緒にいたい」と。「ぅう〜ん夫婦って... 私もこういう夫婦になれるだろうか?」とうなった。
そして右近さんが杖をベキッと折った時「アッ、6本は要るな」と。履物の下駄を見た時「盲目で険しい道を歩くのにゾウリじゃあないの?」と思いました。
 デーモン閣下の歌声が流れてきました。デーモン閣下の歌を聴くのは実は初めてです。「最終日は生歌ですよ」とイヤホンガイドが案内しています。いよいよフィナーレです。アレアレ!? 最後列に袴姿がズラリ! 目を凝らしてよく見ると左端は栗山さんではないか!? さっきお会いした時に「ありがとうございます」といわれました。???と思いましたがあれは“出演者”としてのお礼の挨拶だったのカナ!? 
 途中にイヤホンガイドが「信長殿が客席のどこかにいますよ」と案内していました。幕が下りてから隣の武将に「信長殿ですか?」と尋ねると「左様でござる」と返事が。「シャッター押してもいいですか?」とノドまで出かかったけど言えずにシャッターに手を触れることはありませんでした。
         〔9/7 観劇〕

水増し 許されない

 中央省庁の障害者雇用水増し問題を受け、難病患者会でつくる「県難病団体連合会」は6日、問題の解明と責任の追及などを求める声明文を出した。同日、名古屋市中村区内で会見し、障害者手帳を持たない多くの難病患者も法定雇用の対象に含むべきだと改善を訴えた。
     〔9/9付中日新聞・県内版より〕

※声明文を読み上げる丹波代表の写真が載りました。同席の牛田事務長、難病を患っている伊藤さん、共にとても深刻な表情です。

中日劇場緞帳 愛大で第二幕

 中日劇場(名古屋市中区)で長年親しまれてきた緞帳の一部が壁掛けのタペストリーに加工され、愛知大名古屋キャンパス(同市中村区)に設置された。作者の日本画家、平松礼二さん(77)の母校という縁で、学生たちを見守る。
                     (栗山真寛)

※以前より、緞帳の一部が愛大に飾られることは報道されていました。掲載された緞帳のタペストリーの写真を見た瞬間「オッ、劇場の緞帳ダ!」。
 1階での写真展で、以前の緞帳の写真も展示されています。

台風24号

 9月30日、台風24号が東海地方に接近して来たため、12時30分にて受付を終了させていただきました。大変ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。

 本日(10月1日)より平常営業をいたしております。今後もご愛顧の程宜しくお願いいたします。

          中日ビル  理容ハル

各道県事務所、近隣ビルへ集団移転〔中日ビル〕

 名古屋・栄の中日ビルに入居する北海道や各県の名古屋事務所が、近隣の久屋中日ビルに集団移転する。同ビルの建て替えに伴うもので、一部を除き大半が久屋中日ビルに入る。各自治体は集団移転で連携し、一時、名駅地区への移転も模索したが、長い間定着していた栄地区にとどまる。10月以降、順次移転が始まる。出先事務所の集積が保たれることで、観光情報のまとまった入手など利用者の利便性が確保されそうだ。
      〔9/29付中部経済新聞より〕

※久屋中日ビルは元電通のビルです。電通は名駅の大名古屋ビルに移転し、中日ビルの建て替えに伴う中日文化センター・クリニック等の移転ために、中日ビルが電通のビルを購入しました。その久屋中日ビルに多くの県事務所が移転することになったようです。私は知らなかったけど...

栄中日文化センター・開所式

 中日ビルの建て替えにともない久屋中日ビル(名古屋市中区栄四)に移転した栄中日文化センターは5日、同ビル内で開所式をした。関係者90人が、文化・芸術の発信拠点として、さらに貢献していくことを誓った。6日から移転先で開講する。
 式では、文化センター講師の代表者らが神前に玉串をささげた。中日新聞社の大島宇一郎社長が「中身の濃い、充実したセンター運営をしていきたい」とあいさつした。内覧会もあり、講師や受講生らが真新しい設備を見学した。
     〔10/6付中日新聞・県内版より〕

※宇一郎社長が拍手を打つ写真が載りました。その後方に大島最高顧問、小山顧問のお姿もありました。

信頼培い講座づくり

 −人情交差点−
     第26話「栄中日文化センター」D支える

 新講座への申し込み希望者が列をなす。「はい、ここまでです」。先着順の受付は非情。並んだのに間に合わなかった人は肩を落とし、帰っていく−。
 栄中日文化センターの事務局次長、飯田隆男さん(61)が入社した1980(昭和55)年当時、繰り返されていた光景だ。「申し訳ないとは思っていたのですが・・・」。引退した先輩の話では、66年の開設当初はさらに多くの人が殺到した。
 戦後復興の象徴と言われた前回の東京五輪から2年後のオープン。名古屋の一等地で各講座をそろえた文化センターは、若い女性たちの「花嫁修業」の受け皿になった。人気は料理、生け花・・・。飯田さんが入社したのも、そんな「まさに花盛りの時期でした」。
 たまたま知った求人に応募して入った世界だが、いまやこの道38年の最古参。受け付け業務、経理、受講生の募集と何でもこなし、講座の開発も数多く手掛けた。「講座が商品」。いかに良い商品をつくるか。たどり着いた答えは「講師とのコミュニケーション」という。
     〔9/29付中日新聞市民版より〕

※先日、4階のエレヴェターホールで飯田さんに会いました。久屋中日ビルへの引越しの後片付けをしてました。「新聞見た?」と聞かれました。「エッ!?見てない・・・」。
 29日付の新聞と伝えられて、帰宅後に29日の新聞を見直しました。すぐに中日文化センターの記事を見つけました。見出しを見た覚えはあります、写真も見ました。下の方の花を生けている女性がぼんやり写っているのは覚えはあります。アリャ!?写真の上部に飯田さんの姿がハッキリ写っていました。「生け花教室」の記事と思い全く目を通していなかった・・・飯田さんゴメン!!

三英傑の出陣だがね・名古屋まつり

 名古屋市中心部の秋を彩る「第64回名古屋まつり」が20日、2日間の日程で始まった。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑と濃姫、ねね、千姫の三姫が練る「郷土英傑行列」が、きらびやかな時代絵巻を繰り広げる。
 英傑行列は昨年、台風で中止したため2年ぶり。20日はJR名古屋駅東口を出発。
      〔10/20日付中日新聞夕刊より〕

※昨年、台風のため英傑行列は2日間とも中止になりました。毎年、募集される三英傑は昨年のメンバーが持ち越しになったようです。 (良かった!)
※高校の同級生の樋口クンからメールで「21日に子供達の行列が中日ビルの前の広小路通りを通る」と連絡が入りました。午後1時30分頃からアイコ殿と広小路の歩道で待機しました。何台かの山車が通りました。その直ぐ後ろに縦と横に並べられた小太鼓を、子供達が細長〜いバチのシナリを上手く利用して器用にたたいていました。そして樋口クンの天白区のドアラの神輿が通りました。(アレッ、樋口クンは名東区だったよナ?) 行列の子供達も見学の人達もとても楽しそうでした!! 

自動ブレーキ車や検査自動化 〔ケイティケイ〕

 リサイクルトナー販売のケイティケイは、営業・生産面で業務改革を推進している。営業車両全車を衝突回避支援ブレーキ搭載車に切り替え、営業社員の安定性をを高め業務に集中できる環境を整えた。一方、生産では駒ヶ根工場(長野県)の検査工程を自動化し、1時間あたりの検査量を倍増させた。改革の成果が業績の押し上げにつながっており、今後もこうした取り組みを継続する考えだ。   (鵜居知世)
    〔10/25付中部経済新聞1面より〕

※“ケイティケイ”は“理容ハル”のHPの作成をしていただいた会社です。土岐社長には、3年ほど前から“理容ハル”をご利用していただいています。名古屋にみえてから、美容室などご利用されていたそうです。インターネットで“理容ハル”を知って、ご利用いただくようになりました。“理容ハル”のHPを“ケイティケイ”が作成したことは全く知らずにご来店いただきました。
※IT部門を“ケイティケイソリューションズ”と独立させ、“ケイティケイ”はリサイクルトナー販売とし、業務改革を進めているようです。

秋の叙勲

 「秋の叙勲」が3日付で発表になりました。理容ハルのお客様では 井村徳光様(元東浦町長)が旭日小授賞を受章されました。

立浪さんが講演・歯の健診呼び掛け〔中日くらし友の会〕

 中日新聞読者でつくる「中日くらし友の会」(内山智子会長)の第34回文化祭が7日、中日新聞社であり、元中日ドラゴンズ選手の立浪和義さん(49)が講演した。
 80歳で20本以上の歯を保つことを目指す県歯科医師会の「8020県民健口大使」を務めている立浪さんは、8日の「いい歯の日」を前に「歯の定期健診を受け、歯間ブラシも使いながら口の中の健康を守って」と呼び掛けた。
 文化祭には会員ら約200人が参加。会場では、愛知、岐阜、三重、福井、石川、静岡の各支部の会員や自主グループが制作した俳句や川柳なども展示された。
        〔11/8付中日新聞より〕

※私は「中日くらし友の会」の会員ですが、春に開催される総会に顔を出すだけです。先日、北支部の係りの方から電話で文化祭の出欠の確認の電話をいただきましたが、欠席の返事をしました。エッ、ゲストは立浪さんだったの!? 
ア〜ア、シマッタ! 立浪さんだったら出席すればヨカッタ!残念!

中日ビル屋上大団円・やっとかめ文化祭

 市内の各所を会場にさまざまな文化・芸能プログラムを展開する「やっとかめ文化祭」(中日新聞社などの実行委員会主催)のフィナーレ「やっとかめ大団円 終いの演と宴」が18日、栄の中日ビル屋上であった。来春、建て替えのため閉館する同ビルの屋上に上れる最後の機会ということもあり、大盛況の幕切れとなった。
 屋上の舞台での辻狂言では、狂言師の井上松次郎さんらが「竹生島参」を上演。絶妙な間の掛け合いや動物の名前を使っただじゃれに、約400人の観客が集まった会場は和やかな笑いに包まれた。尾張地方の地酒などを提供する「やっとかめBAR」も設けられ、熱かんを傾けながら鑑賞する人も見られた。
  〔11/19付中日新聞・市民版より〕

※日曜日は上の階のオフィスはほとんどが休日で、エレヴェターを利用する人もわずかです。ところが18日の午後はエレヴェターに乗り込むと、一般のお客様が何人も乗っていて思わず「オッ!」。R1のボタンが点いていて「アア、やっとかめ文化祭のお客様ダネ」と納得しました。
※「やっとかめ」は名古屋弁で「久しぶり」という意味です。八十日目です。今では、若者はほとんど使いません。商売屋さんがキャッチコピーに使うことがあるかナ?
※私は知多半島の南の方、内海の出身です。向かいの魚屋さんのオバサンが「やっとかめだなも」と使っていました。どこの出身なんだろう?最近、気になってショウガナイ!!

病気を「否認」しないで

 11月21日付の中日新聞の「くらし」のページに「わがやの認知症ケア手帳」の欄がありました。

 誰もが認知症にはなりたくないでしょう。家族もまた、親や配偶者が認知症になったとは思いたくありません。物忘れが目立ったりしても、家族は「○○ができているから大丈夫だろう」「年だから仕方ない」と考えます。つらいことに出合うと「否認」という心の防衛が働くからです。心の中で「言い訳」をして病気を認めないのです。でも、それが受診を遅らせ、病状をさらに進ませることになります。
   
 との書き出しです。目を通して最後を見ると(精神科医・渡辺俊之)とあります。 アレッ、渡辺先生ダ! このページ、あまり目を通していなかった。 単発?連載? 来週になれば分かるカナ?

※TBSの金曜ドラマ『大恋愛』、何となく見ていましたが先回、若年性アルツハイマーにおかされている女性と元作家が結婚式を挙げました。自分自身がこのような立場になった時どのような行動するだろうか?と考えさせられます。
※映画『タイタニック』を観た時、私は涙を流しませんでした。どのシーンで涙を流したのだろう?と不思議でした。
 その後、アイコ殿の大ファンの大沢たかおの主演映画『解夏(げげ)』(さだまさし原作)を観ました。失明の病におかされて恋人から去る主人公の立場を理解することが出来ました。私もそのような行動を取るだろうと思ったのです。そして、失明が訪れた時、画面は真っ暗になりました。そして、私の右の頬には一筋の涙が伝い落ちました。(隣のアイコ殿は気付かなかったけど...)

思い出は色あせない〔さよなら中日ビル〕

 建て替えのため来年3月に閉館する名古屋・栄の中日ビルは、吹き抜け2階の天井画「夜空の饗宴」を新ビルにも残す方針を決めた。全国でモザイク壁画を手掛けた岐阜県大垣市出身の洋画家矢橋六郎氏(1905〜88年)の作品の中でも天井画は珍しく、半世紀以上、ビルのシンボルとして親しまれてきた。矢橋氏の関係者は「過去と未来をつなぐ、すばらしい決断」と喜んでいる。  (井本拓志)
   〔11/22付中日新聞より〕

 −新ビルでも会いましょう−
名古屋・栄の中日ビル玄関の天井画「夜空の饗宴(きょうえん)」は半世紀以上、ビルのシンボルとして親しまれてきた。建て替えのため来月3月に閉館になるが、新ビルにも残す方針が決まった。移設方法はこれから検討するという。=浅井慶撮影(記事31面)
     〔11/22付中日新聞一面より〕 

※1面と31面に天井画の写真が載りました。早速、中日新聞社のフォトサービスに電話を入れ、写真の注文をしました。現金書留の封筒を買ってきました。明日から三連休です。発送は来週になりますゥ。

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