中日劇場〔2018〕[2018/01/06(Sat)15:34]

2018年 1月 公演日程

1月4日(木)〜24日(水)
  『石川さゆり新春特別公演』
   一部  夫婦善哉
   二部  石川さゆりオンステージ

     主な出演者
       石川さゆり、小林綾子、坂口理子、野村真美
       西岡徳馬

初舞台 HNT48・坂口理子

 中日劇場で24日まで公演中の「石川さゆり新春特別公演」の「夫婦善哉」で、博多を拠点にするアイドルグループHKT48の坂口理子が本格的な舞台に初挑戦している。「新年から舞台に立たせていただけて光栄なこと」と意気込んでいる。
 織田作之助の原作は、化粧品問屋の若旦那・柳吉(西岡徳馬)と芸者・蝶子(石川)の生活を描いた小説。古田求の脚本では、柳吉の娘みつ子(坂口)を通して、家族の絆を強調した物語となった。
 座長の石川は坂口の緊張をほぐす一方で、休憩時間中にせりふ合わせに付き合ってくれたという。また、西岡からは「感情が一番大事。みつ子の立場を想像して」とアドバイスを受けた。みつ子は多感な女学生。芝居には登場しない数々のエピソードを自分なりに具体的に思い描いて、実母の敵だと憎んでいた蝶子に対し、次第にうち解けていく難しい役に挑んだ。
 まだ客席の反応をうかがう余裕はないが、「自分らしさも出せたら」と千秋楽までさらなる磨きを掛けるつもりだ。
                (栗山真寛)
     〔1/12中日新聞・夕刊より〕

石川さゆり 新春特別公演

 「石川さゆり 新春公演」の日程を見ると私の休みの日は全部貸切!? 22日(月)は休みのワクが空いていたので観劇はこの日と決めていました。
 席に着くと、「夫婦善哉」のお芝居はまだ始まっていないのに幕は上がっていて、舞台にはライトが当たっています。以前にもこのような演出を数回観たような気がします。
 蝶子(石川さゆり)、柳吉(西岡徳馬)をはじめとする役者さんの大阪弁のテンポの速いこと、速いこと。あんなに速いセリフを次から次からとよく出てくるナァと感心しました。クライマックスは、柳吉の妹に育てられた柳吉の娘みつ子(坂口理子)が、嫁ぐ日に蝶子にお礼の挨拶に来たシーン。隣の席の女性が鼻をグスグスとさせていました。
 舞台の装置も工夫がしてありました。2階の部屋のお芝居が1階に移る時、部屋が持ち上がって1階でのお芝居が続けられたのです。「オオッ!スゴイ!」と心の中で叫びました。ラストシーンは主役の二人が善哉を食べます。その後、雪が舞い、出演者が登場し、拍手を誘います。とてもアカ抜けた演出でした。
 二部のコンサートも色々と工夫がされていました。客席のお客様からから直接リクエストをもらったり、西岡徳馬さんと理子ちゃんを舞台に呼んでお話をしたりしました。そこで石川さゆりの三人が、今年の干支の戌年生まれという事が分かりました。「オオッ、私も戌年ダ!!」と思わず叫びそうになりました。
 そしてラストソングは「天城越え」です。この曲の迫力を表現する“すべ”を私は知りません!!

※千秋楽の舞台が終わった日、1階からエレヴェーターに乗り込もうとした時、マスクをかけ大きなキャリーバッグを手にした“リコピー”と擦れ違いました。ラッキー!!

2018年 2月 公演日程

2月2日(金)〜25日(日)
 『宝塚歌劇星組公演』
   ミュージカル・ロマン『うたかたの恋』
   
    主な出演者・・・紅ゆずる、綺咲愛里

宝塚の観劇 振り返る

 3月に閉場する中日劇場(名古屋市中区)での宝塚歌劇団の公演を振り返る写真展が、名古屋栄の中日ビルで開かれている。2日には同歌劇団の最後の公演が始まり、たくさんのファンが当時の記憶を懐かしんだ。
 1983(昭和58)年から昨年までの公演の様子を収めた写真や、現役トップスターのブロマイドなど計90点を展示。来場者たちは男役のりりしい表情や、麗しい娘役の姿に見とれていた。現在も女優として活躍する真矢ミキさんや檀れいさんらの団員時代の写真もある。
 20年来のファンで、公演を見る前に展示会場を訪れた瀬戸市掛下町の主婦伊藤みゆきさん(50)は「過去の公演を見た時の感動や、夢の世界のようだったことをを思い出す」と、感激した様子だった。
 ビル内にある宝塚歌劇団の公式グッズ店「キャトルレーヴ名古屋」を運営する宝塚クリエイティブアーツ(兵庫県宝塚市)が企画。同店が閉店する3月25日まで開催する。 
      〔2/3付中日新聞・県内版より〕

花咲かタイムズ(CBCテレビ)

 CBCテレビで毎週土曜日の午前に放映される「花咲かタイムズ」というローカル番組があります。MCは東貴博・友近のコンビです。17日は、中日劇場がこの3月で閉場になるという事で、中日ビルにカメラが入りました。
 地下の食料品店や飲食店が紹介されました。そして、宝塚のお店「キャトルレーヴ名古屋」が。店長がインタビユーに答えていました。連日宝塚ファンでごったがえしています。でもこのお店は3月末で閉店するそうです。他にも閉店のうわさのお店がいくつかあります。寂しくなります。

男役トップ

 「母が愛知県出身だから、愛知は第二のふるさとのようにも感じます」。中日劇場で公演中の男役トップスター、紅ゆずるさん。舞台で見せるクールな男ぶりとは対照的に、気さくな雰囲気で取材に応じてくれた。
 「男役10年」と言われる宝塚。入団からトップスターになるまでおよそ10年かかる。もちろん、誰もがなれるわけではない。演技、歌、ダンスの実力はもちろん、誰もが納得できるオーラと華を持ってこそ。紅さんの“武器”の一つは、コミュニケーション力だろう。ファンはもちろん下級生にもこまやかに声を掛け、役作りにもつなげる。「私だけが特別な存在、ではないですから」と言う。 
 来月、中日劇場が閉場するに伴い、劇場での宝塚公演も25日に幕を閉じる。半世紀にわたって続いた華やかな舞台。最後まで見届けたい。  (長田真由美)
     〔2/19付中日新聞夕刊・目耳録より〕

左とん平さん死去

 コミカルな演技で親しまれた左とん平(ひだり・とんぺい、本名肥田木通弘=ひだき・みちひろ)さんが24日、心不全のため東京都内の病院で死去した。80歳。
 高校卒業後、家業のすし屋を手伝っていたが、1957年に三木鶏郎(とりろう)さんの「冗談工房」に参加。70年代の大ヒットドラマ「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」で人気者となった。「大岡越前」「はぐれ刑事純情派」、映画「居酒屋兆治」「楢山節考」などに出演した。
 昨年6月に急性心筋梗塞で手術を受け闘病を続けていた。
             ◇
 左さんは名古屋の舞台にも数多く出演。浜木綿子さんが主演した御園座の「極楽町一丁目」(2003年)や名鉄ホールの「肝っ玉姐さん奮闘記」(06年)、同ホールと中日劇場での「売らいでか!」(1994年や2011年ほか)などで息の合った芝居を見せた。16年5月、中日劇場で主演した「ゆうれい長屋は大騒ぎ」が名古屋での最後の舞台となった。                                        〔2/26付中日新聞より〕

※とん平さんの訃報に胸が詰まった。2016年5月の「ゆうれい長屋は大騒ぎ」の公演の時、お電話をいただいたのに忙しくて予約を受ける事が出来ませんでした。もう一度、お話したかったのにとても残念です。お悔やみ申し上げます。
※CBCラジオで“人間って何んだろう”を歌っていた河原龍夫さん、今は東海ラジオの午後の番組を担当していますが、生前、とん平さんと交流があった事を話していました。
 

2018年 3月 公演日程

2月27日(火)
    『歌舞伎舞踊特別公演』
      一、口上        市川右團次
      二、藤娘        市川笑 也
      三、連獅子       市川右團次
                  市川弘太郎

3月2日(金)
    『中日文楽 最終公演』
      一、中日文楽よもやま話
      二、義経千本桜

3月4日(日)
    『ザ・ニュースペーパー結成30周年特別公演』

3月8日(木)〜14日(水)
    『前川清&中村美律子 爆笑劇場in中日劇場』
       前川清、中村美律子
       松居直美/小林 功、津川 竜、晃大 洋

3月17日(土)
    『コロッケ中日劇場さよならコンサート』

3月18日(日)
    『中日特選落語会』
      桂文枝、桂南光、桂塩鯛、桂歌之助、桂弥太郎

3月21日(水・祝)
    『吉 幾三 中日劇場さよならコンサート』

3月23日(金)
    『舟木一夫 中日劇場さよならコンサート』

3月25日(日)
    『中京五流舞踊特別公演』
     主な出演者  
       赤堀流、工藤流、西川流、花柳流、藤間流
                   (50音順)

「あっ、猿翁さん」

 病気療養中の歌舞伎俳優の市川猿翁さん(78)が27日、中日劇場で開かれた市川右團次さん(54)らによる歌舞伎舞踊公演のカーテンコールにサプライズで登場した。3月25日に閉場する同劇場の舞台に立つのは13年ぶりで、客席は歓声とどよめきに包まれた。
 猿翁さんは、最後の演目「連獅子」を勤めた右團次さん、市川弘太郎さん(34)とともに登場。「沢濱屋ーっ」との声が飛ぶ中、普段は上がらないという腕をゆっくりと肩の高さに上げ、客席に一礼するしぐさを繰り返した。
          〔2/28付中日新聞より〕

※カーテンコールの幕が上がると「エッ、猿之助さん??」。思わず声が出そうになった。目をこすって、もう一度、舞台を見直しました。「ウン、間違いなく猿之助さんだ!!」。場内はまさかのサプライズに大騒ぎです。近くの席の女性は感激のあまりに膝の上のハンカチに顔を伏せて涙していました。私はカーテンコールでは当然、右團次・笑也・弘太郎のトリオであろうと思っていました。それがマサカ、マサカの猿翁さんの登場だったのです。「猿翁さん昼の部は出なかったンだって!」係員に確かめた観客が叫んでいました。
 右團次の口上は15分位。私は口上を観る(聴く?)のは初めての経験でした。そして笑也の藤娘、右團次・弘太郎の連獅子の踊りを堪能しました。スーパー歌舞伎のメンバーの舞踊を観るのは初めてです。「アレッ?他の流派の舞踊と違いあるのだろうか?」と疑問に思いました。右近総師に聞いてみようカナ。
 エレヴェターホール辺りで久しぶりに素顔の右團次さん、笑也さんとバッタリ会わないかなと思っていましたが、それは叶わなかった。(ヨクバリ!)
※この日、CHK(中部日本ヘアデザイナー協会)の親睦の昼食会が駅前の柿安でおこなわれました。そのために休日を取っていました。午前にチケット売り場を訪れるとラッキーな事に当日券がまだありました。すごくラッキーな一日でした。
 

吉幾三 中日劇場さよならコンサート

 21日は第三水曜日で定休日です。祝日(春分の日)でも休日です。
 関東、特に箱根は雪で大変とテレビで伝えていました。名古屋は雨。家族4人で半田市の光照院(西山派浄土宗)にお彼岸のお墓参りに出掛けました。昼食は南知多病院の田中先生に教えていただいた、名鉄半田駅近くの浜潮(はまちょう)で海の幸に舌鼓を打ちました。女店員さんが顔を覚えていてくれました。
 雨降りです。食事の後、内海に足を伸ばしたかったところですが、そのまま名古屋に帰る事にしました。中日ビルの6Fのメールボックスに新聞と郵便物を取りに行きます。イヤ待てよ。今日の劇場は吉幾三のコンサートです。モシカシテ...チケット売り場に行くと2階席の一番後ろの席が空いていました。すぐにアイコ殿に連絡すると観るという返事です。
 コンサートの幕が上がると、「雪国」のイントロが流れています。「最初に『雪国』?あとどうするんだ?」と私を心配させる構成です。でもそこは吉幾三です。作詞作曲したヒット曲がたくさんあります。そして司会者との掛け合いに客席は笑いの渦に包まれました。夫婦で声を上げて何度も笑いました。
 帰りに吉幾三の作詞・作曲したヒット曲をカバーしたアルバムを買いました。音楽堂の社長が無表情でポスターをプレゼントしてくれました。

※23日(金)は舟木一夫のコンサートです。前売り券は直ぐに完売になっています。さて当日券はあるでしょうか?

舟木一夫「中日劇場」−さよならコンサート

 10時少し前に9階のチケット売り場をのぞくとまだカーテンが降りています。ファンが7、8人並んでいます。もしかして当日券があるかも!? オープンすると前に並んでいる人が「まだ有るみたい」とうれしそうに話しています。私の番になりました。昼の部は2階の一番後ろの席だけ4席ほど残っていました。右端の席を買い求めました。
 ◇第1部はオリジナルヒット曲です。「東京は恋する」「高原のお嬢さん」「たそがれの人」と舟木の甘い歌声のバラードが続きます。パープルのジャケットがよく映ります。私がまだ独身の頃のヒット曲です。年上の女性に憧れて四葉のクローバを手渡した事を思い出してしまいました。もうメロメロ、骨抜き状態です。
そして締めくくりもちろん「高校三年生」「学園広場」です。
 ◇第2部は「ふるさと」をテーマに昭和20年代から50年代のヒット曲を。バタヤン・三橋・三波・北島ら大先輩の曲がありました。客席には僕らの年代より少し上の方もみえました。きっと懐かしく思ったことでしょう。私は北原謙二の「忘れないさ」と「ふるさとの話をしよう」が舟木のオリジナル曲のように感じました。

※中日劇場さよなら公演も25日(日)の「中京五流舞踊特別公演」を残すのみとなりました。このシリーズ、「歌舞伎舞踊特別公演」「吉幾三 中日劇場さよならコンサート」「舟木一夫 中日劇場さよならコンサート」の公演を観劇する事が出来ました。とても幸せな事と思います。
 
 そして私の中日劇場を振り返ると“吉永小百合のコンサート”に始まり、“舟木一夫のコンサート”で締めくくった事になりました。私の青春時代を支えて下さったお二人です。なんという偶然でしょう。不思議な驚きを覚えます。

      ありがとう!! 中日劇場!!

中日劇場と歩んだ理容店

 25日に52年の歴史に幕を下ろす中日劇場(名古屋市中区)と同じ期間、同じ建物内で理容店を営んできた中村節男さん(71)=同市北区=は劇場とともに歩んだ。観劇ブログを書いて魅力を発信し、時には俳優の髪を切りながら会話を楽しんだ。「これからはそんなこともできなくなる」と寂しさをにじませている。  (放送芸能部・栗山真寛)
      〔3/24付中日新聞・夕刊より〕

※24日(土)午後3時半すぎに中日新聞の栗山さんから「今日の夕刊に載ります。」と電話が入った。4時頃、石垣新聞店から夕刊が届く。理容ハルは土曜日が一番忙しい。待合室で待っていただいている村瀬さんは待ち時間が1時間近くある。届いた夕刊を広げるとナント社会面に大きな写真と共に記事が載っていた。村瀬さんに「これ読んどいて」と夕刊を渡すと村瀬さんもビックリ。昼食を取ったのは5時だった。その間レーズンサンドをほおばって空腹を凌いだ。同業の鈴木さん・服部さんからメールが届いています。結局自宅に帰ってからゆっくりと読んだ。何かうれしさと恥ずかしさが入り混じった妙な気持ちになった。
 栗山さんには1ヶ月以上前に取材を受けました、2時間近くも。昨日も確認の電話が入りました。沢山の話題を提供しました。その中で劇場のフィナーレにふさわしい題材を取り上げて記事にしていただきました。写真はいつも仏頂面の私を笑顔に変えたものでした。「書くことが本職の人」栗山さんサスガです。    〔3/24〕

中日劇場〜万感の52年 “完”

 名古屋の芸能の中心を担ってきた中日劇場(名古屋市中区)で25日、最終公演があり、52年の歴史に幕を下ろした。新聞社が運営する全国唯一の常設劇場として、芝居に歌謡ショー、伝統芸能など多様なジャンルを上演し、数多くの俳優や歌手が舞台に立った。
 最終公演は、1966(昭和41)年のこけら落としと同じく、名古屋で活動する日本舞踊の五流派が勢ぞろいする中京五流舞踊。昼夜2公演で計50人が踊りを競い合った。満席の客は盛んに拍手や掛け声を送り、最後の公演を楽しんだ。
 公演後の閉場式では、西川流前家元の西川右近総師が納めの舞として「島の千歳(せんざい)」を披露。中日新聞社の白井文吾会長のあいさつに続いて、出演者と観客ら全員で手締めをして劇場に別れを告げた。
 中日劇場では52年間に2200以上の公演があり、約2340万人を動員した。「名古屋三座」と呼ばれた名古屋市内の大規模な3劇場は、2015年の名鉄ホール(中村区)に続いて中日劇場が閉場し、4月1日からこけら落し公演が始まる新しい御園座(中区)のみとなる。
        〔3/26付中日新聞より〕

※26日に朝刊は一面に「中日劇場閉場」の記事。見出しに “完” の字が躍った。社説も「さようなら、中日劇場」と。他のページにも取り上げられていました。そんな新聞に目を通すと「ああ、中日劇場 終わってしまったなぁ」という気持ちで一杯になりました。

中日劇場万感の52年 完

 ☆3ミリコント☆

   中日劇場万感の52年完
  髪切り役に徹しました
       ―理容「ハル」
    (名古屋・真沙花)

※中日新聞・夕刊に読者からウイットに富んだコントを募集、掲載している「3ミリコント」があります。3月29日(木)の夕刊を広げると、上記のコントが掲載されていました。「エッ、ナニ、コレ!?」「どういう意味?」「髪切り役?」思わずウロタエテしまいました。
 スマホのYahoo!で「髪切り役」のキーワードで検索してみました。するとソフトバンクのCMでバッサリと髪を切った女優の杉咲花さんの画像が載っていました。「アアこれの事?」 30センチ切ったとの事。彼女の主演でTBSのドラマ「花のち晴れ〜花男 Next Season〜」がもう間もなく始まるらしい。

 マサカ、マサカの「3ミリコント」でした。マサカ「理容ハル」が出てくるとは思いもよりませんでした。これはいい宣伝になったでしょうネ、タブン!?
 真沙花サンありがとうございます。

劇場彩った歴代スター(宝塚)

 3月に閉場した栄の中日劇場で開かれた宝塚歌劇の公演を振り返る「劇場秘蔵ポスター展」が2日、中日ビル2階の特設会場で始まった。6月30日まで。
 1967(昭和42)年に劇場で初めて公演された花組の「燦めく星の下に」から、最後となった今年2月の星組の「うたかたの恋」まで、主にB2判の52点を展示。歴代スターのりりしい姿や、現在は女優として活躍する真矢ミキさんらのトップスターが、名前のみ記載された下積み時代のポスターなどもある。
 67年のポスターでは入場料は500〜1000円で、レイアウトやスターの化粧の変化とともに、時代の移り変わりも見て取ることができる。ポスターの下には、同じ年にあった出来事も紹介してある。
 2日に来場していた中区千代田の幼稚園教諭石黒由美子さん(37)は「ポスターとその年の出来事を照らし合わせると時代が感じられて面白い。懐かしい思い出がたくさんあり、あらためて閉場が寂しい」と話した。  (井本拓志)
      〔4/3付中日新聞・市民版より〕

※私は宝塚のステージは残念ながら一度も観た事がありません。今年の2月公演の時もチケット売り場を覗くと、「チケット売れ切れ」の看板が立てかけてありました。公演中は朝も夜もエレヴェーターホールは、宝ジェンヌを送り迎えするファンで一杯でした。
 せめてポスター展を覗いてみましょう!
※アッ、思い出した。20年以上前、理容ハルの外壁に貼ってあった宝塚のポスターを、ファンの女の子が無断ではがして持ち帰ろうとしたことがありました。ポスターは劇場のものでしたのでプレゼントするわけにはいきません。返すように諭しましたが、ポスターを手にしていつまでも立ち尽くしていた事がありました。

理容店余禄 〔エンタメモ〕

 中日ビル3階にある理容「ハル」を経営する中村節男さん(71)は、かつて、中日劇場の楽屋と同じ7階の支店を出していたこともあり、劇場に出演する多くの俳優や歌手の散髪を手掛けてきた。その観劇ブログについては、劇場閉館前日の3月24日に本紙夕刊で伝えたとおり。
 中村さんは「役者さんたちは刈りたて≠mGだった」と振り返る。1カ月間の長期公演や、テレビの連続ドラマの出演中の俳優は、雰囲気が変わるのを嫌うため、いかにも散髪帰りのような仕上がりを避けた。中村さんは、要望に応え、切ってから10日ぐらいたって落ち着いたような雰囲気に切ったのだという。
 中村さんの鋭い目は、テレビドラマ観賞中も、シーンごとに役者の髪の伸び方に注目すると、撮影した日にちが分かる、というほど。「ストリー順に撮影しているのではないんだな、ということが分かった」
 理容「ハル」はビル内で営業期限いっぱいの来年1月まで店を続ける。その後は未定だが、美容師と理容師の2人の息子とともに、「それぞれの特長を生かした店を出せたら」と夢見ている。     (栗山真寛)
      〔4/10付中日新聞・夕刊より〕

※お昼少し前に、中日新聞社の栗山記者から電話が入りました。「今日の夕刊に先回、書ききれなかったことを載せました」とのこと。お礼を言って電話を切りましたが、「どんな内容の記事だろう」とまさかの栗山さんの電話にビックリです。夕刊が届いて記事を読むと「俳優さんのカットは刈りたての雰囲気にしない」というものでした。その話題の時に栗山さんは興味を持ったようでしたので「NHKの朝の連続ドラマ『わろてんか』の高橋一生さんのモミアゲに注目して見るとおもしろいですよ」とアドヴァイスをしました。
※たしか昨年だったと思いますが、和田アキ子さんがテレビで、「2週間に一度カットしていて、いつカットをしたか分からないようにしている」と語っていました。これが本当のオシャレだと思います。
※理容ハルが来年の1月まで営業することも取り上げていただきました。ありがとうございます。
※3月24日の夕刊に掲載されて以来、毎日、お客様に「新聞見たヨ」と声をかけられています。チョッピリ恥ずかしい...

中日劇場のピアノ再出発 〔さよなら中日ビル〕

3月に閉場した中日劇場(中区栄4)で使ってきたグランドピアノが、劇場と同じ中日ビルの2階にありカフェ「サンモリッツ」に移設された。10日夜には初めてのコンサートがあり、有名歌手の公演で奏でられてきたピアノが、舞台を変えて再出発を果たした。     (井本拓志)
    〔4/12付中日新聞・市民版より〕

※「ピアノはヤマハ製で、2005年7月に中日劇場が購入。歌手の氷川きよしさんや吉幾三らの座長公演で演奏されてきた」と記載されています。全くの初耳でした。そしてコンサートの写真も載っていました。ピアノは新しい役割を果たすことになりました。

緞帳「第二の人生」へ

 3月に閉場した中日劇場(名古屋市中区)で、舞台と客席を仕切る緞帳が15日、取り外された。一部は二張りのタぺストーリーに加工され、愛知大名古屋キャンパス(同市中村区)に展示される予定。
 この緞帳は、1966年開場の中日劇場で開場35周年を記念して取り付けられた4代目。日本画家の平松礼二さん(76)=神奈川県鎌倉市=が描いた「モネの池に桜」を、高さ9.5メートル、幅21.8メートルの織物に仕立てた。
 10人の作業員が、運びやすい大きさに裁断しながら取り外した。再生する部分は、緞帳を制作した京都の業者が一度引き取り、補修と清掃をしてからタペストリーに仕立て直す。
 行き先は、平松さんが母校の愛知大に相談し、大学と卒業生、保護者らが費用を工面して受け入れが決まった。夏ごろ大学に引き渡される。協力してきた同大キャリア支援課の樋口裕嗣主幹(60)は「モネの池は平松先生の代表的なテーマ。作品が残るのは良かった」と話す。 
 平松さんは「どんな演目にも合うようにと、試作を重ねた作品。教育の場で2度目のお勤めができる。これ以上うれしいことはない」と喜んでいる。    (栗山真寛)
       〔5/16付中日新聞より〕

※中日劇場が閉場して、新聞・テレビの話題はもっぱら御園座に移りました。久しぶりに中日劇場のニュースです。今、9階の中日劇場の前はシャッターが下りていて様子を伺うことは全く出来ません。シャッターを見るととても寂しくなります。
 緞帳が新しくなった時の記憶はありますが、4代目とは驚きです。私はてっきり2代目とばかり思っていました。以前の緞帳はおぼろげながら記憶がありますが...
 閉場となってすぐに座席の取り外しがおこなわれたようです。
   

緞帳の思い出 〔目耳録〕

 劇場の顔ともいえる緞帳。客席を向いた大きな織物の絵は、そのまま劇場のイメージに結び付くことも多い。
 それだけに、描く画家も力が入るようだ。3月に閉場した中日劇場(名古屋市中区)で16年以上にわたって親しまれた「モネの池に桜」。原画を描いた平松礼二さん(76)は、下絵を10枚以上描いて試作を重ねたという。
 「大きなキャンパスで、中日劇場の幅の広い演目に合格するように」と工夫し、様式美と遊び心を両立させた。日本伝統の流水紋で構図を安定させ、実際には季節の違うスイレンと桜を同時に描いた。
 劇場で引き伸ばされた自作を初めて見た日のことを「照明がふわーっとつくと女性の歓声が上がって、うれしかった」と振り返る。
 劇場は閉じたが、平松さんの母校、愛知大名古屋キャンパスで夏以降、一般公開される予定だ。  (栗山真寛)
     〔5/31付中日新聞・目耳録より〕

※この緞帳はトヨタ自動車鰍フ寄贈。そうか“スイレン”と“桜”は時季が違うンダ!
※お披露目の時に歓声を聞いたら作者としては、この上なく嬉しかった事でしょう!!
※岐阜県の関市の池がモネの絵に似ているという事で、話題になりましたが、今、名古屋市美術館では「名古屋市美術館開館30周年記念=モネそれからの100年」の展覧会が開催されています。
※5月16日付中日新聞に栗山記者による緞帳の記事が掲載されましたが、それだけでは伝え切れない内容があったようで〔目耳録〕での掲載となったのでしょう。
※先日、緞帳の切れ端をお持ちのお客様がみえました。触れたらフカフカしてました。御園座の開場前のテレビ放送で緞帳の重さ1.2tと伝えていました。

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